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脳空間自由飛行
★メインはオリジナル小説(※著作権留保)の掲載... ★観月ありさ、宇多田ヒカル、マリア・シャラポワ、蒼井優、上戸彩、堀北真希、剛力彩芽、新垣結衣 ★小説の読みたい回を探すには「ブログ内検索」が便利!
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かづしげ

Author:かづしげ
★★★「君という光」連載中. 
★長編『アミーカ』 :"R18指定" 18歳になった夏樹は家出して風俗業界に飛び込んだ…
★長編『黒い美学』 :近未来SFアクション. on line RPGで大事件発生!
★短編『10年目の花火』
★長編『ドロップ』 :新人文学賞をめぐるミステリー



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オリジナル短編小説「十年目の花火」全5回連載第1回







「十年目の花火」
                星野 一





 長嶺純はその手紙の裏面を見て無造作に封を切った。
 ヤレヤレと声には出さなかったものの、うんざりした気分で一通り文面に目を通してから、純はのろのろと携帯電話を手にした。
 ファンクションボタンの左側を押すと、ディスプレーの着信記録一覧に同じ名前がずらりと並んだ。純は一番上で反転表示されている「黒谷百合」を選び、発信ボタンを押す。手馴れた作業。呼び出し音数回……
「じゅん? こんばんは」
 鈴を転がすような声で百合は返事した。
「ユリの所へも仲田康一から手紙来たか?」
 純は中身を元に戻した封筒をもてあそびながらそう訊いた。
「誰? その人」
 百合は聞き覚えの無い名前に少し戸惑う。
「憶えてないか? 佃第二中学、三年三組の仲田だよ」
 忘れっぽいなと云う感じで、純は説明する。
「ああ ちょっと顔が今浮かばないけど名前は憶えてるよ」
 言い訳するように百合は答えた。
 きっと、中学時代の男子クラスメートのことなんかほとんど憶えてないのだろうと、純は女子生徒達の冷たさを百合に代表させて感じた。同時に、自分のことだけを百合が憶えてくれていたことに対して優越感を覚えた。
「ユリのとこへももうすぐ通知が来るよ。二回目の同窓会をやるらしいんだ」
「中学の同窓会! ううん……じゅんはどうしたいの?」
 百合はちょっと驚いた様子を見せた後で、少し考えるようにそう言った。
 これは純には好都合だった。百合が一緒に行こうよと言い出すのではないかと心配していたのだ。
 純は佃島を中学卒業と同時に離れ、それ以来十年もの間地元に帰っていなかった。東京下町の人情を色濃く残す佃島は確かに好い所だったが、それだけに一度そこを離れてしまった若い純にとっては、地元へ戻ることに少なからぬ抵抗があった。
 遠い日のある事件が、佃島と云う狭い街をより一層閉ざされたものとして純に感じさせていた。純は佃島に対して一種の閉所恐怖症に掛かっていた。
「俺あまり気乗りしないんだ。一回目も出なかったしね」
「わたしも行きたくないかな……今更って感じ」
 百合は純の言葉にうれしそうな声を出す。
 それは純にとっては意外な反応だった。百合は中学時代、クロユリのあだ名を持つマドンナ的存在だっただけに、クラス会なんかには喜んで行くタイプだと想像していたからだ。
「じゃあ俺 仲田には断りのハガキ出しておくよ。用はそれだけだから」
「じゅん 今から会えない?」
 平日木曜日の夜九時だと言うのに、積極的な百合の誘いが嬉しかった。純はその感情を押し隠して、いいけどとクールに答えた。

 純は荻窪にアパートを借りていて、百合は亀戸のアパートに住んでいる。二人の夜のデートは自然と、地理的に便利な新宿を根城とするようになっていた。その夜は、南口から左手に降りた辺りの飲食店街を歩いて入る店を決めた。
 百合はいつもよりピッチが早かった。
 つられるように、純もチューハイのお代わりをする。
 酔いが回って来ると、純は中学時代の話を始めた。百合は聞き役に徹している。
 中三で初めて二人が同じクラスになったこと、部活のこと、春の修学旅行のこと……
「そうそう 京都の修学旅行、秋じゃなかったんだよな。受験対策でそうなったんだろうけど、俺は好かったよ、春で」
 百合は右手で頬杖、左手のグラスを軽くゆすって氷の音を楽しみながらその理由を尋ねる。
「そんなの決まってんじゃん。あの旅行で俺とユリは仲良くなれたんだから。修学旅行が秋だったら、すぐ卒業じゃん?」
 そう言って、純は百合の頬杖を左手で押した。
 百合はおっとっとと、こぼれないようにグラスの安定を取り戻すと、笑顔でコラと言って純を見詰めた。
「そうそれなんだよなぁ。俺あの時もユリの笑顔に惚れたんだ」
「そうだったの?」
 百合の笑顔が幾らか強張ったことに、純は気がつかなかった。
 それから百合の家に遊びに行った事に話が及ぶと、百合は
「それよりさぁ、仲田君ってどんな子だったっけ?」と話題を変えた。
 純は仲田康一のこと、安田健のことなど数名の男子生徒の話をした。
 百合は、そうだったっけ? などと楽しそうに相槌を打ってはいたものの、彼らのことを記憶しているのかどうかは怪しいものだった。純はさっき電話した時に思いついたことを口にする。
「女子たちってさぁ、やっぱ男子のことなんかあんまり憶えてないんだよなぁ。女って冷たいよな」
 百合は、そんなことないよ、男の子だってそれは同じでしょ? とムキになって言い返す。
 そうなんだよ、いつだって女は冷たい人種なんだ……純は突き放すようにそう言った後、うつろな顔を見せる。
「何かあったの? 前の彼女と」
 百合は声をひそめてそう訊いた。
 純はさらに数秒の間その表情を崩さず、心配気に見守る百合の表情を十分に楽しむと、あっはっはっはと噴出すように笑った。
「何よ? それ」と百合がむくれる。
 慌てて純はごめんごめんと謝り、そして付け加えた。
「いや。女の子は関心の無い男子には冷たいけど、好きな男の子のことだけはよく憶えているんだなって。ただそれを言いたかっただけなんだ」
 純は百合を見詰めて微笑んだ……百合は十年も前のことを記憶していて自分に電話して来たのだ。
「しょってる! でもそうね。女の子ってそういうもんだよ」
 自分のした十年振りの電話が嬉しかった話だと分かった途端、百合はまた飛切りの笑顔を見せた。
 純がすかさず言う。
「それ、それ、その笑顔だよ。あの時と同じだ」
(何があの時と同じだよ……)
 そう思ったが、百合はそれをおくびにも出さず、尚も笑って見せた。



 黒谷百合から長嶺純に電話があったのは、今から二月ほど前のことだった。
「はい、長嶺ですが」
「お久し振り、黒谷です。突然だから、私のことなんかわからないでしょう?」
 携帯のディスプレーに表示された相手の番号は、純の知らないものだった。女の声にも全く聞き覚えが無い。
「くろたにさんですか?」
 仕事の関係でも携帯電話番号は人に教えているので、邪険な応対はできないが、夜九時過ぎに掛けてくる取引先もあるまい……純の声に多少の不信感が滲んだ。
「あぁやっぱりじゅん君憶えてないんだぁ……」
 女の声は鈴を転がすような軽やかな響きがある。
 懐かしげにしゃべる女……純は過去の記憶を手繰ってみる。くろたに、くろたに……
「ひょっとして黒谷百合さん?」
 そんな筈は無いと思いつつも、純は恐る恐るそう訊いてみる。
「当り! クロユリの黒谷です」
 女の声は、がっかりした感じから、急に嬉しそうな響きに変わった。
「どうしたの? 十年振り?」
 純の声にも懐かしさが帯びる。
 クロユリの百合なら中学の同級生だ。しかし、その中学の卒業と同時に親の都合で転居、純は佃島を出た。それ以来一度も帰らず十年が経っている。懐かしくはあっても、百合は過去の人だ。
「どうしてるかなと思って、元気してる?」
 歳月を感じさせない口調で百合は答え、そして問い掛けた。
「うん、元気元気。そっちはどうなの?」
 十年振りの旧友に対する普通の挨拶だ。元気が無くたってそう答えるさ……純はそう思いながらも、何故今頃百合が連絡してきたのか少し気になる。
「うそぉ! 今失恋中でしょ?」
 百合は唐突にそう言った。
 純は大いに戸惑った後、腹を立てた。
「何のこと? それに俺の携帯番号どこで聞いたんだい?」
「怒ったの?」百合は声を落とし、ごめんねと言った。
「いや、怒っちゃいないけど。黒谷がからかうからだよ」
「電話番号はね、卒業者名簿で調べて実家のお母さんに訊きました。勝手なことしてゴメンね」
 百合は馴れ馴れしい口調を少し改めた。純は少し焦る。
「いや、いいんだ。ただ驚いただけだよ。ユリから電話があるなんて思いもしなかったから……」
「久し振りなのに、中学の頃のように接して悪かったわ。何せ十年振りなんだもん。遠い過去からの亡霊みたいなもんだよね」
 百合はそう言いつつも、電話をすぐに切ろうとする素振りは見せなかった。
 純は考えた……
(失恋でもして、寂しくて俺のことを思い出したのかな? そうだったら、昔のよしみで話くらいは聴いてやんなくちゃ)
「遠い過去なんかじゃないさ。たった十年だよ。俺たちはあの頃恋人同士だった訳だし。いつでも連絡してもらって良いんだ。でもユリ、何かあったのかい? 俺で良かったら相談に乗るよ」
「そう思ってくれるの? じゃあ、あの頃のような感じで喋っても構わない?」
 百合の機嫌は直ったようだ。もちろん構わないさと純は答えた。
「じゅん君。先週、築地の場外市場へ行ったでしょ?」
「……行ったけど、ユリ、何で知ってるの?」
 純は少し驚いた。あの日は……
「寿司の蔵っていうお店で彼女と食事してたよね?」
「ユリ、あの店に居たのか?」
「うん、友達と一緒だった……」

 二階の座敷席で、座敷を区切る様に衝立があった。
 衝立の向こう側に他の客が居たのに、二人は口論していた……
 もう付き合って二年になる、純の彼女の名前は広瀬明菜。
 大学を卒業して、純が今の信販会社に勤めた時、初めての配属先で彼女と知り合った。短大卒の広瀬は年は一つ下でも、入社は一年先輩だ。同僚として半年位になる頃から二人は親しくなった。
 入社三年目の今年、春の人事異動で純は横浜から東京へ転勤することになった。距離が離れて焦っていたのだろう。広瀬は会う度に結婚の話を持ち出すようになった。
 純はまだ二五歳手前だ。仕事もやっとばりばりこなせる様になってきた今、結婚して所帯を持つことなど考えられなかった。
 すれ違う思い……いつしか知らない内に、二人の間には深い溝が出来ていた。★
  

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テーマ:自作恋愛連載小説 - ジャンル:小説・文学

オリジナル短編小説「十年目の花火」全5回連載第2回
 あの日はそれが決定的になった日だった。
「この後で『もんじゃタウン』に行ってみようよ」
 以前からいやだと言ってるのに、またも広瀬はその佃島へ行きたいと言う。純はそっけなく、
「あんな所、おもしろくも何ともないよ」と答えた。
「私は本場でもんじゃ食べてみたいな」
 広瀬は尚も主張する。
 純は逆提案する。
「こんな暑い日にもんじゃでもないだろ、第一、おいしいお寿司を食べておなか一杯じゃないか、それより銀座へでも出てみよう」
 しかし、この日の広瀬は簡単には引き下がらない。
「じゅんちゃんが育った町なんでしょ? 近くなんだから行ってみようよ」
「いやだ!」純は不快そうに撥ね付けた。
 それまで甘えて見せていた広瀬は顔色を変えた。
「なんでよ? じゅんちゃんの生まれ育った町を、何故私に見せてくれないの?」
 一年先輩のつもりの広瀬は何かと純をリードしたがり、純は少し前まではそれを心地好く受け止めていた。
 その純も、転勤先で主任になり仕事の責任も重くなってくると、広瀬の押し付けがましさが少しずつ煩わしくなっていた。だからつい返事が強くなる。
「そんなにもんじゃタウンに行きたければ、一人で行ってみればいいだろ。女友達と行ったっていい訳だし」
 さらに広瀬は顔色を変え、不信感をあらわにした。
「私を連れて行きたくない理由でもあるわけ?」
「そんなのないよ」
 その明確な理由は、純にも思い当たらなかった。
「じゃあいい…… もう私達終わりだよね……」
 広瀬は目に涙を貯めてそう言った。
 しかし、口では終わりと言いながら、本当は早く止めて欲しいと願っていたのだ。
「どうしてそうなるんだよ! もしかして、築地に来たいと言ったのも、始めから佃に行くつもりだったからなのか?」
 最近何度か繰り返されて来た口喧嘩だが、今日は少しばかり様子が違っていることに純も気がついてはいたのだが……そう簡単に自制できるほどには純は成熟していない。
 最後のチャンスが消えて……広瀬は下を向いて小さな声を絞り出す。
「二人で良い家庭を作りたいと思っていたけれど、やっぱり私達向いてなかったんだよね……」
「何だよ、またその話かよ。結婚の話だったら何年か待ってくれないか」
 またかと思った途端、純は吐き捨てるように言った。
 顔を起こした広瀬は静かに純を見詰める。そして口を開いた。
「もう二度と言わないから、安心して」
「待ってくれるのか?」
 純はほっとしてそう訊いた。
 広瀬は尚も寂しそうに純を見詰める。
 その短い時間に、今までの二人の濃密な歴史が、広瀬の中で超早送りヴィデオのように巡っていた。広瀬は無理に笑顔を作って宣言した。
「結婚の話も、お付き合いも、今日で終わりにする」
 純は愕然とした。今すぐの結婚はイヤだが、二人の関係に終止符を打つ気持ちなど微塵も無かったのだ。広瀬の別れの言葉に対し、純の問い掛けの声は裏返った。
「何でだよ? 別に結婚なんて急がなくてもいいじゃないか」
「二人の気持ちが重なり合わないって分かったからもういいの。これまでお付き合いしてくれてありがとうね」
 決断した広瀬は初めて出会った頃のように、純の目に魅力的に映った。
 べたべたしたお姉さんではなく、さばさばした活きの良い姉さん気質。純は一言も返せず、呆然と広瀬の顔を見た。
「じゃあ私もう帰るから」
 そう言って、広瀬は帰り支度を始める。
「また連絡するよ」
 ぼおっとしていた純は、靴を履き終わった広瀬にやっと気がついてそう呼び掛けた。
 広瀬は振り向くこともなく階段に向かって歩き始める。
 純はテーブルの端に置かれた請求書をひったくって、慌てて靴を履いて追い掛けた。
 広瀬は階段の手前で立ち止まり、背中を見せたままで低い声を絞り出した。僅かに肩が震えている。
「もう連絡しないで」
「どうして!」
 そう叫びはしたが、漸く純も二人の愛が破局したことを覚った。広瀬は階段を駆け下りながら素早く言葉を捨てた。
「さようなら」
 広瀬の後姿を目だけで追いかけながら、純も心の中で広瀬が捨てた同じ言葉を呟いた。さようなら……

 あの日広瀬と別れた後、純は銀座とは反対方向に歩いた。
 純の心の中でも、これまでの広瀬との二年余りが次々と思い出のページを捲るように廻っていた。
 ふと気が付くとそこは勝鬨橋の上だった。
 橋から見下ろす隅田川。対岸に見えるのが中州の島、佃島だ。
 十年振りに外から眺める故郷の町……東京中心部近くにあっても郷愁を感じさせる不思議な町だ。
 川風なのか海風なのか、僅かに湿った風が純の髪をさらさらと揺らして行く。暫く佇んでいた純は、やがて橋を渡らずに元来た方向へと戻り始めた……

「そうか、あの時衝立の後ろの客の中に君が居たのか?」
 純はあの時の風を首筋に感じながら、電話の向こう側に居る百合にそう訊いた。
「うん」百合は短い返事をした。
「修羅場を見られたって訳だ」
 ぼそりと純はそう言った。
 修羅場と云う生々しい言葉を使ってみたが、僅か一週間前の出来事が純には遠いことのように思える。
「そんな…… 怒らないでね。私、あの時じゅん君を困らせていたあの人が憎かったの。自分勝手な人って思った」
 百合は困ったように言い訳する。
 あの日から純は、既に手遅れではあったが、広瀬の気持ちを何度も考えた。
「あれは……俺も悪かったんだ。明菜の気持ちを分かってやれなかったのは俺だから」
「確かにそうなのかも知れないけど……」
 静かな純の口振りに、百合は心なしか物足りなさを感じる。
「どこから話を聴いてたの?」
 不意に純はそう訊ねた。
 百合はあの時の状況を、また思い浮かべる。
「もんじゃタウンの話が出た所で、地元の話だなってついつい聞き耳を立ててたら、じゅんちゃんの名前が出て来て、もしやって思ったらずっと聞き入っちゃって……ごめんね、立ち聞きするような真似しちゃって」
 百合はそう言って非礼を詫びた。
 受話口から純の優しい静かな声が返って来る。
「いいんだ。あんな、人の居る所でケンカする方がどうかしてるんだから」
 状況は百合のまぶたに、今この瞬間にも浮かんでいる……結婚の話が出るほど二人の仲が深いこと、何故か純が佃島を避けていること、階段口の前で女の人の背中が震えていたこと、どうしてと叫んだ純が酷いショックを受けていたこと……丁度そのシーンは百合たちの座敷の真ん前で行われていたのだ。
 百合は沈んだ声を出す。 
「階段降りていく所も見てたんだよ」
「そうなんだ……」全て見られていたのか……
「じゅん君とても寂しそうだったから、後ろから抱きしめてあげたくなった、あの時」
 独り言のように百合は言った。
「同情されるようじゃお仕舞いだな」
 あの状況を百合に見られたことは純のプライドを傷付けた。
「そんなこと言わないで」百合の声は消え入りそうになる。
 前週のショックより、今は百合に見られたことのショックの方が大きい。それが純自身とても不思議な気がしたが……
「それで心配してくれて、電話番号も調べて今掛けてくれているって訳だよね」
 百合は、話を聴いた事だけにしておけば良かったと悔やんだ。
 百合の沈黙で純は気が付いた……なんで昔の彼女に噛み付かなければいけないのか。すっかり忘れていた筈なのに、自分の心の中にまだ百合が存在していたのだろうか?……純はそんな自分に焦りを感じ、冷静になろうと努めた。
「いや、ごめん。ちょっとあの時の感情が蘇っちゃってさ。いや、ユリに電話もらって本当に嬉しかったよ。でも俺 もう大丈夫だからさぁ、心配しなくていいよ。ユリは自分の恋人のことを心配してやってよ」
「恋人なんて居ないよ」百合は怒ったように答える。
「まさか」
「付き合った人は一人居たけど、それも随分前のことだしね」
 百合はそう続けた。
 百合には当然恋人が居ると思いこんでいた純は、つまらない冗談を言ってみる。
「ユリがずっと空家なんてな」
「そんな下品な言い方しないで」百合はぴしゃりと撥ね付けた。
「あ ごめん。まだ俺って棘が抜けてないのかな?」
 漸く純は百合に対して素直な感情を取り戻した。
 その純の心の動きが百合にも伝わったようだ。百合は思い切って用件を切り出した。
「じゅん君、同情だとか思わないで聞いてくれる?」
「何?」
「来週の土曜日、東京湾花火あるんだ。じゅん君その日何か予定ある?」
「特に無い」
「だったら二人で見に行かない?」
「俺 今は佃島には余り行きたくない」
 隅田川の花火も、東京湾の花火も、昔は佃島から眺めたような気がする。それはそれで綺麗だった筈なんだけど……純は佃島に対し、屈折した感情を持っていた。
「私、お台場から見てみたいの。レインボーブリッジと花火って素敵でしょ?」
 百合は明るくそう訊いた。安心した純は答える。
「うん、そうかもな。台場からの方が一般的だよね」
「じゃあ約束」
「本当に同情じゃないんだな?」
 慰める為に百合が自分を誘うつもりならそれはお断りだ……純のプライドだろうか、それをもう一度確認しておきたかった。一方で純は百合に会いたくてたまらなくなっていた。
「絶対そんなんじゃないよ。さっき告白したじゃない」
 百合は意外なことを言った。純は戸惑う。
「何を?」
「分からないなら良い」百合の明るい声
「何だよ、はっきり言ってくれよ」
 告白されたっけ? 純は二人の会話を思い出そうとした。
 すっかり気分を良くした百合は昔のように楽しそうに答える。
「いやよ、鈍い人は、キ・ラ・イ」
「分かったよ、どこで待ち合わせする?」
 純も告白と言われて悪い気はしない。
 二人は現在進行形の恋人同士のように、暫しおしゃべりを楽しみ、混雑が予想される花火当日は、お台場の自由の女神像の前で午前中に待ち合わせることにした。


 遠目に純を先に見つけた百合が、ここよと携帯で言いながら左手を振る。
 純も携帯で、ユリ見つけたと言って手を振り返した。二人は、現代文明の利器のお陰で無事再会を果たすことができた。
 リーバイスのジーンズに黒いタンクトップの男は、黒地にカトレアなどのランの花をあしらった浴衣が良く似合う女に近寄って行った。★

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オリジナル短編小説「十年目の花火」全5回連載第3回
 アップに纏めた長い栗色の髪、細いうなじと後れ毛が純に強い印象を与えた。顔も立ち居振る舞いも大人びて、中学生時代とは様変わりだったが、会うまでに数回の電話を重ねていたせいか、二人は十年の時を超えても以前のように自然に接することができた。それは純には奇跡とも思えることだったが、百合にとっては奇跡そのものだったのだ。

 「ゆりかもめ」でパレットタウンへ移動して、長い行列に並んで大観覧車に乗る。空中散歩が終わる頃には、純と百合は何年も付き合っている恋人たちのように見えた。
 暑さを避けて再びゆりかもめで、遠回りするようにお台場海浜公園まで戻った二人は、デックス東京ビーチの前の歩道を行く内に、「ねこたまリビング」と云うサインポールを見つけた。
 ネコちゃん見て行こうよと百合がねだる。ネコ好きの純はいいねと笑顔を見せて同意する。
 ネコたちの様子をベンチで眺めていると、一匹のネコが純にすり寄って来た。
 ネコを二人でさすっている内に、僅か半月前には家庭を持つことなど考えもしなかった筈の自分が、百合との子供を一緒に育てたら、どんなにか楽しいのではないかと心変わりしていることに気が付き、純は少なからずうろたえた。
 まったりとした時間を過ごした二人は、同じビルにあるセガアミューズメントの遊具で童心に戻り、フジテレビお台場冒険王のお化け屋敷では安全が保証された恐怖を楽しんだ。
 外に出てみると、日も大分落ち掛かっている。
 どうやら二人は、夢中になって時間の過ぎるのも忘れていたらしい。路上は花火を楽しむ為に集まって来た人波に動きが取れなくなっていた。できれば砂浜まで出て花火を楽しみたかった百合に純が提案する。
「やっぱりさっき予約しておいた、アクアシティのレストランから見た方がよさそうだね」
 人波をもう一度確認すると、諦めたように百合はその意見に賛成した。
 六階にあるイタリアンレストランの外側のテラス席は、六月からの予約受付で既に一杯だった。それでも二人が案内された席は、室内窓側のテーブルで、冷房もそこそこ効いていた。
 この日は特別メニューで、コース料理の設定しかないと店の人は言う。花火の日は、どうせ客が回転しないと見たレストランの計算だろう。高価格というふるいに掛けられた客層は、静かに花火と料理を楽しもうと云う人が多く、恋人達にとってムードは最高になった。
 百合と純はワインを注文し、一定の間隔で運ばれてくる料理と、レインボーブリッジの右横に次から次へと打ち上げられる花火をゆったりと楽しんでいた。
 大きな花火が上がる度に百合は少女のように顔を輝かせ、明るい褐色の瞳には花火の色が反射した。いつのまにか純は、花火よりも百合を見詰める方が多くなっていた。
 百合も純の熱い視線に気が付いていた。百合は思い出に浸りながらそっと言ってみる……
「あの時は、私がずっとじゅんを見詰めていたんだよ」
 あの時と言われて、純はそれがどの時か思いつかない。
「あの時って?」
「佃島で見る花火の方が、ずっと近くて大きく見えたよね?」
 うっとりとした目で百合は純を見詰める。その視線が今の純にはとても眩しかった……そう思い出した。百合とは一度だけ花火を見に行ったことがある。
「中三の夏か? でもあの時ユリは家の用事があるってすぐ帰っちゃったじゃないか」
「ああ、そうだったっけ……」
 百合は続けて瞬きをする。
「そうだよ、だから俺 花火はユリの妹と見たんだよ。名前何って言ったっけ?」
 その問いに対し、百合は静かに名前だけを答えた。
「蘭」
「ああそうだ、蘭ちゃんだった。可愛い娘だったよねユリの妹」
 花火のことと同時に、純は黒谷蘭の顔をおぼろげに思い出した。
 百合の目が一瞬光る。
 純の目の奥を窺うようにして百合は恐る恐る訊いた。
「憶えてるの?」
「うん、だんだん思い出してきた…… あの日、ユリは二つ下の妹の蘭ちゃんを連れて来た。いきなり俺にゴメンねと言ったんだ」
 百合も同じことを思い出していた……あの時最後まで純と花火を見たかった……
「うん」
「お盆休みで急に叔父さんが遊びに来たとかで、私だけでも叔父さんの相手をしなくちゃいけないとか言っていた」
「うん、良く憶えてるね」二人だけの花火……
 あまり百合が見詰めるので、その目を見詰め返しながら、純は言葉を一つ一つ置いて行った。
「蘭ちゃんはどうしても花火を見たいと言って、俺が残って一緒に見ることになった」
「そうだったね」
 百合は緊張を解くように、純から外の花火に視線を移動した。
「俺は始め、そりゃないだろって怒っていたんだ。でも花火が始まって見ると俺もすっかり目を奪われていた」
 百合の横顔を見ながらそう話す純は、今はうっすらと産毛の光る白い首筋に目を奪われている。
 花火を見ていた百合はまた純に視線を戻した。時間差を置いて、今咲き終わったばかりの大きな花火の音が響いてくる。
「綺麗だったよねあの花火。ここから見るよりずっとずっと近くて、目の前に覆いかぶさって来るようだった」
 うっとりとその時を思い出している百合の目を見てから、純は東京湾に咲く花火を一瞥する。今の純には目の前の花の方がずっと美しかった。
 あの頃、この花は何故俺を忘れ、他の恋人を作ってしまったのだろうか? 別の高校へ進学した俺が悪いのか?……十年前、忘れようとして……そして忘れてしまったことを、今純は思い出した。
「ユリは始めの五分間だけだったろ。あの後の方がずっと凄かったんだぜ、蘭ちゃんに聞いてみなよ」
 ちょっとだけその言い方には棘があった筈だが、百合は気が付かなかったようだ。
「今、一緒に住んでないんだ。私、大学卒業して佃島を出て一人暮らし始めたからね。蘭もアパートで一人暮らししてるんだよ。だから実家には父母の二人だけ」
 佃島を出て行ったのは俺だけじゃないのか……純は何となくそんなことを思っていた。
「そうなんだ。でも電話くらいするだろ?」
 どういう訳か、百合は視線を純に戻さずに、外の花火を眺めながら話し続ける。
「別々に暮らすようになってからは、あまり妹とは電話してないかな。どうせ盆暮れには実家で会うし、時々は週末に実家で一緒になることもあるから。大抵のことはその時、話してる」
 純も百合の視線の先を見た。
 相変わらず色とりどりの花火が夜空に踊っている。テラス席の方から大きな歓声が上がった。尺玉の大花火が、白い糸を長く引いて高く高く打ちあがって行く。一際高い所でそれは弾けた。東京湾に花火が大開花すると、ガラスの内側でも所々で歓声が上がった。
『どーん!』
 三秒ほど遅れて大きな音が木霊して来る。きっと橋の向こう側の地区でも大勢の人が同じ様な歓声を上げていることだろう。
 暫く外に目を奪われていた百合と純は、目の前の相手に視線を結んだ。
「俺も実家にはあまり電話しないな。母さんからは良く掛かってくるけどな」
 百合は熱っぽい目で純を見詰める。
「来年か再来年は佃島で一緒に花火見たいね」
 百合となら佃島で花火を見ても良い、今の純にはそう思えた。純は自分が佃島を避けている本当の理由にやっと気が付いたのだ。
「そうだな、佃島って好い所だもんな」
「寄り付かないくせに」
 百合は築地で聴いた会話を思い出してそう言った。
「何となくな。佃島に残っている連中だけで高い垣根を作ってるような気がするんだ。ずっと一緒にいれば心地良いんだろうけど、若い時に離れるとあそこへ戻るのが少し怖い気がする」
 それは純が漠然と感じていたことでウソではなかった。でも大きな理由が百合にあったことを、純は今認めざるを得ない。
「今だって若いでしょ」おかしそうに百合が笑う。
「まあ、そうだけどね」
 あの頃はあの頃さ、今ユリの心は自分にある……純は自信を取り戻していた。ふとまた、花火の時の黒谷蘭のことが純の頭の中をよぎった。
「蘭ちゃんも大学へ行ったの? 元気なのかな」
「今年卒業して、四月から一人暮らししてる。とても元気だよ」
 百合は笑顔でそう答える。
「俺、あの日蘭ちゃんと約束したことを思い出した」
「え? どんなこと」
 百合は純の目を真っ直ぐに見た。
「来年も純さんと一緒に花火見たいなって言うから、俺、来年は姉さんと三人で一緒に見ようって言った」
「へえ……」百合は次の言葉を待っている。
 純はそこで思い出し笑いをした。
「蘭ちゃん、私と二人だけじゃダメですか? って二個も年上の俺をからかうんだ。だから俺、うん良いよ、蘭ちゃんと二人で見に行こうって答えたっけ。ユリの方は隅田川の花火を誘うからいいさって冗談言ったらきゃっきゃして喜んでいた。可愛いよな」
 百合は嬉しいような、寂しいような複雑な気分に浸っていた。
「ふうん、そんなことがあったんだ」
「誤解するなよ、ただの冗談だったんだから」
 そう言った純は百合の気持ちを押し測るように覗き込む。
「蘭は案外本気だったのかも」
 百合はそう言ってみた。
 純はそれを百合の嫉妬と受け止める。
「そりゃないだろ。中一だったんだよ蘭ちゃん。まだ子供じゃん」
「そうだね、子供なんだろうね。中三から見た中一の娘なんて」
 そう言って百合は少し俯く。
「そうだよ。それに今頃は恋人だっているんじゃないの?」
 妹に嫉妬するなんておかしいよと思いながら、純はそう言い訳した。
「どうかなぁ……恋人の話は聞いた事はないけど」
「ああ、悪い悪い、蘭ちゃんの話ばかりしちゃってさ」
 どうも具合が悪い方へ向かったと思い込んだ純は、百合の妹の話を強引に切り上げることにした。
「良いけどぉ」
 純の話に合わせるように、口先をすぼめて百合は答えた。その表情にはほっとした気分が混じっていた。
 純も百合の顔を見てほっとした。妹の話は避けた方が無難のようだ……純はそう考えた。
 純は残り少なくなったボトルから百合のグラスにワインを注ぐ。
「さあさあ、機嫌直して一杯やってくんな」
「うん。でも一つ訊いても良い?」
 百合はそう言って純の目を見た。純は少しだけ身構える。
「じゅんが佃島を避けている本当の理由を知りたいの」
 百合はあの時から気になって仕方が無かったのだ……今訊いておかなければ、純との仲が順調に進んだとしても、広瀬明菜のようになってしまう自分が見え隠れしていた。
「言ってもいいけど、怒るなよ。今はそのことについて俺、何も思ってないから」
 言いたくは無かったが、一方で言ってみたい気持ちも純にはあった。
「どういうこと? 怒らないって約束するから言ってみて」
 百合の目が真剣になる。
 百合の目を見て、純ははっきりと確認したい気持ちになった。
「中学卒業と同時に、親父の転勤の都合で俺は転居して佃島を出て行った」
「うん」
 二人の耳には最早、花火の喧騒は聞こえなくなっている。
「ユリは地元の高校へ進み、俺は八王子の高校へ進学した」
「うん」
「俺は新しい高校へ慣れて来た頃、五月だったかな。ユリに会いたくなって佃島に一度だけ戻ったことがある」★
  

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オリジナル短編小説「十年目の花火」全5回連載第4回
 純はここで百合の反応を待った。百合は驚いた。
「本当?」
「本当さ。その時もんじゃタウンの通りで原田と出合った」
「はらだ?」百合には聞き覚えの無い名前?
「一組の原田仁志」区切るようにはっきりと純は言った。
「はらだひとし君?」フルネームを聞いても、それは思い出せない名前だった。
 純は先へ進めた。
「ユリは同じクラスになったこと無いのかな? その原田から聞いたんだ。ユリだったら高校で新しい恋人ができて、二人は今評判のカップルなんだって。お相手は両国中学出身の、その世界では名前が売れてるサッカー部。だからユリに会いに行かない方がお前の為だって……」
「誰なの、その人?」
 そんな話は聞いたことも無い……百合は純が原田と云う男に騙されたことを知った。
「誰って?」純はぽかんとした表情で固まる。
「だから、そのサッカー部だよ。そんな人知らないよ」
 まだ分からないのかと百合は呆れて言葉が強くなった。
「何だって?」純はまだ状況が飲み込めない。
「じゅんは、その原田君に騙されたんだよ」
 百合は呆れた後、純の人の良さに愛着を感じた。
(まだ若かったんだね……でも、今も騙されやすい性質は変わってないみたい……)
「そう・な・の・か……」
 純も漸く理解して肩を落とした。
「何で本人に直接確認しないのよ」
 百合は純のそこを詰った。それは信頼関係を考える上で一番大事なことだから。
「本人って、ユリにか?」
 純は百合の目を見て、とんでもないと言う様に頭を振った。
 百合はカチンと来た。じゅんにこんな弱点があるなんて……
「そうに決まってるでしょ。じゅんは、黒谷百合を信じていなかった……そういうことだよね」
 純はそう詰問されて、小さくなりつつも、そんな百合に魅力を感じる。姉さん気質が好きなのだ。姉に叱られた弟のように、純は弁解する。
「怒らないって約束だったろ。俺がバカだったよ」
 百合もそんな純を可愛いと思う。案外二人は似合いのカップルなのだろう。
「ああ、そういう約束だった。ゴメンね」
「いや、俺こそゴメン」
 謝る純に百合は宣言する。
「黒谷百合はそれほど浮ついた女じゃありませんから、そこの所よろしくね」
「はい。これからは気をつけます」
「これからは他人の中傷に気をつけること」
「はい。疑問が生じたら必ず本人に確認します」
「よろしい! ではその時のことは勘弁してあげる」
 これから先、純が私の気持ちを誤解しないようにしてくれればそれで良いと百合は考えていた。
 立ち直った純は質問を投げ掛けた。
「でも、でもさあ。あの時ユリの家に電話したんだけど、電話が通じなかったのはどうしてなんだろう?」
 当時、しつこいストーカーの嫌がらせに黒谷百合は悩んでいた。百合の父も母も妹の蘭も、あの時はどうなることかと心配していたのだ。
「ああ、そういえば家の電話番号変えたことがあったよ。あれはそうだ、丁度その頃、変なヤツに付き纏われて、家にもしょっちゅう嫌がらせの電話とか無言電話が掛かって来ていた。ひょっとしたらそれがその原田君じゃなかったのかな?」
「そうかも知れないな……」
 そう言った純はもう一度落ち込んだ。そして呟いた……
「誤解だったんだな、全部俺の……」
「良いじゃないの。今日こうして誤解が解けたんだから」
 昔のことなんだから忘れた方が良いよと百合は言った。
 しかし、原田の一件は純の心をまた傷つけていた。
 原田とは一年二年と同級で仲も良かった。アイツも百合が好きだっただけなんだ……そう思って忘れてしまえば良かったのだが。
 純の佃島に対する偏った感情のしこりは、解け掛かっていた所で、原田という男によって再びしこってしまった。
(佃島、狭くて息苦しい街だ……)


 新宿南口で百合と飲んで遅く帰宅した夜、純は中学卒業記念アルバムを引っ張り出した。
 三年三組……仲田康一、安田健、黒谷百合、集合写真には小さな顔が並んでいる。顔を見ても思い出せない奴が何人か居た。十年も経てば人の記憶は薄れて行くものだ。ページを捲って行くと、後ろの方に数枚の写真が挟まっていた。
 百合と撮った修学旅行の写真もあった。十年前の東京湾花火で蘭と二人で撮った写真もあった…… 甘酸っぱいセピア色の思い出が蘇る。あの頃は佃島が大好きだった。父の転勤が無ければ、あの地にずっと住み続けたのかも知れない。そんなセンティメンタルな気分で写真に見入っていた純は、百合と蘭の写ったものを交互に見比べて違和感を持った。


 土曜日の朝。
 純が黒谷百合に電話しようと思って携帯を手にした途端、その携帯が着メロを奏で始めた。それは百合専用の着メロだ。
「じゅん、今日会える?」
 百合は少し暗い声でそう言った。
 答える純の声もやや暗い。
「うん。俺もユリに会いたいと思っていた」
「じゃあ、お昼をどこかで食べない?」
「もんじゃでも食うか? 大分涼しくなって来たし」
 純はそう答えた。純自身にも何故そんなことを言ったのか咄嗟には分からなかった。無意識に、佃島との因縁を全て精算しようと思ったのかも知れない。
「月島で?」百合は不思議そうに、そう確認した。
「もんじゃタウンで」
 純はそう答えた。月島もんじゃタウンは佃島にあるのだ。

 二人は有楽町線月島駅を降り、もんじゃストリートを南下し、適当に客の入っている店を選んだ。
 入店と同時に、人々と鉄板の熱気が二人を襲う。豚ねぎ、牛キムチ、モチ入り明太子……もんじゃのメニューはバラエティに富んでいる。二人で一つにしようと純はスペシャルを注文した。
 注文の品が来る間、隣近所で焼いている人を見ている内に、純はもんじゃの焼き方を思い出した。具のたくさん入った大きな丼が二人のテーブルに運ばれて来る。純は丼に箸を突っ込み、かしゃかしゃと具をかき混ぜ、軽く油を引いた熱い鉄板に、汁気をよけて具だけを空けた。その途端、鉄板がジューと香ばしい音を立てる。具を鉄板に押し付け、軽く炒めると醤油の焼ける匂いが立ち上がった。ハガシをうまく使って、それらをドーナツ状にして土手を作る。そして土手の内側に、丼に残っている小麦粉の溶けた出し汁を注ぎ込む。ここまで来れば大方成功だ。
 百合は「じゅん 上手、上手!」と拍手を送った。
 ここから先は百合が焼くことになった。
 中央の汁に火が通ってやや固まり出す頃を見計らって、百合は土手を崩しながら具と汁を上手に混ぜて焼いて行く。
 最初は恋人らしい気遣いで、出来上がった所からハガシで皿に取り分けて、それを純に差し出した。
 純は熱さであふあふと言いながら、箸を使って口に入れた。昔懐かしい味が舌に広がった。百合はもう一本のハガシを純に手渡し、イタズラっぽく笑う。
「箸でばっかり食べてたら、カッコ悪いよ」
 そうだなと答えた純は、小さなハガシで周辺のコゲの所からこそぐ様にして食べ始めた。これが本格なのだ。
 百合も手馴れた様子でそうやって食べている。
 二人で共同作業して作ったもんじゃを食べている内に、純が一日半の間感じていたわだかまりは少しずつ解けて行った。
 店に居る間は、二人は食べ物の話しかしなかった。
 店を出た二人は、裏通りへの路地を少し散策してみる。
 小さな家が軒を接して並んでいる。
 どの家にも大きな鉢植えが所狭しと並んでいて、狭い路地は驚くほど緑が豊だ。吹き抜ける風にも情緒が漂っている。ここでは時間がゆっくりと流れているようだった。
 裏通りにももんじゃの店は散在している。これだけたくさんあってもやって行けるのかと不思議に思いながら、再び路地を経由して表通りに出ると、百合が、晴海ふ頭公園に行ってみたいと言った。純は通りかかったタクシーを拾った。
 五、六分もするとタクシーは東京湾に面する海浜公園に着いた。二人はゆっくりと海っぺり近くまで歩いてみる。
 すぐそこのレインボーブリッジの向こう側には、お台場のビル群や大観覧車が見える。
 百合が遠くを指差して口を開いた。
「あの辺りだよね、花火を見たレストラン」
 純は百合の指差すレインボーブリッジの左方向を見た。
「あそこに見えるのが自由の女神だから、その左側の建物だろ」
 百合は純の顔を振り向かず遠い所を見続ける。そしてぽつりと言った。
「あそこからこっちの方を見てたんだね」
「そうだな」
 純もお台場方向を見ていたが、その視界はぼんやりとしていて何も捉えていなかった。
 百合は漸く純を振り向いた。そして目を伏せて言った。
「じゅん あの日花火に来てくれてありがとう」
 純は百合を観察する。特に、伏せられた百合の目の周辺を。そして百合が良く聞き取れるようにはっきりと言った。
「俺の方こそありがとうって言うよ。あれが十年目の花火だったんだな? 俺と蘭の」
 黒谷百合を名乗っていた黒谷蘭は、目を丸くして純を見た。
「じゅん! 知っていたの?」
 純は蘭の左手を自分の右手にそっと取った。そして真剣な目で蘭を貫く。
 蘭はややたじろいだ。
 純の声は穏やかだった。
「ラン。お前、俺と別れるつもりでこの公園に来たんだったら、それこそ俺は怒るぜ」
 蘭は再び目を伏せた。その目から涙が一粒零れ落ちる。
「それも分かっちゃったか。私バカだね」
 純は右手に取った蘭の左手を手繰り寄せると、左手も添えて包み込んだ。
 その手は蘭にとても暖かく感じられる。
 蘭が静かに両目を開くと、その視線を純の穏やかな目が捉えていた。
「俺の方がバカだった。もっと早く気付くべきだったんだ。そうすればランに苦しい思いをさせずに済んだのに」
「じゅんを騙していたのに、私を許してくれるの?」
「俺の間抜けをランが許してくれるなら、俺もランを許す」
「本当?」
 蘭も、純に包まれた手に残りの右手を重ねた。
「もちろん本当だ。今更別れるって言われても俺は承知しない」
「ありがとう」
 もう一粒、大粒の涙が蘭の頬を伝わった。
「ラン、勇気があるよな」
 蘭の涙を指先でぬぐいながら、純は言った。
「電話した時のこと?」蘭は斜め上方に視線をやる。
「うん」
「あれは思い切って電話したんだ」
 蘭はまた下を向く。
「だろうな」
 純は握った手にやや力を込めた。
 蘭はその手を握り返す。
「でも、お台場で会った時すぐに、百合じゃなくて妹の蘭だと告白しなければならなかったのに……私、勇気が出なかった」
 純は蘭の肩にそっと手を回した。
 蘭は純に肩を寄せた。★


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オリジナル短編小説「十年目の花火」全5回連載第5回(最終回)
「俺たちは会ったその日にお互いに夢中になってしまったんだ。だからそれは仕方が無かったんじゃないか。ランだけが悪い訳じゃないさ」
「そうなのかな? でも私はやっぱり卑怯だった」
「そんなことないさ。それよりユリちゃんは元気なのかい?」
 純は肩に掛けた手で誘導して、傍らのベンチに蘭を座らせた。
「ユリ姉は結婚したよ」
「いつ?」
「今年の春、お見合いして意気投合したんだって」
「クロユリがお見合い結婚?」
 思わず純は笑った。
「おかしい?」
 蘭は非難がましく訊いた。
「いや、おかしくない」
 純は真面目な顔で笑いを止めた。
「じゅん 私で良いの?」
 蘭がぽつりと言う。
「ランが良いんだ」
 純は明るい声で答える。
「本当?」
 漸く蘭は純を見た。
 純はウィンクして見せる。
「ウソついたってしょうがねえだろ、ランが好きなんだ」
「ユリ姉が好きだったくせに」
 蘭の目にはもう涙は無かった。
「俺 君がユリだと思ったから好きになったんじゃないと思う」
「本当?」蘭は純を見詰めた。
「俺、木曜日の夜に卒業アルバムと古い写真を見るまで、忘れていたんだユリの顔」
「へえ」
「ユリの右目の下に大きな泣きボクロがあったことも、すっかり忘れていた」
「でも私のことも忘れていたんでしょ?」
「それはしょうがないだろ。あの頃はユリの妹としか思ってなかったんだから」
「でも私は、姉さんがじゅんを家に連れて来た時から好きだったんだよ」
「どうして俺なんかを?」
 海を眺めていた純は、右隣に座っている蘭の目を覗き込んだ。
「それはなんとなくだけど」
 蘭は逆に海へ視線を逃した。
「じゃあランだって似たようなもんじゃないか」
「でも、じゅんと花火の時に撮った写真はずっと大切にしてた」
「あの写真も俺の卒業アルバムに挟まっていた。そう言えば、写真のランは紺地にランの花の浴衣を着てたよね。台場の時もランの花柄の浴衣だった。あの時はそれに気付かなかったんだけれどな」
「あの写真、じゅんが捨てずに取っておいてくれただけでも嬉しいよ」
 蘭の表情はとても柔らかになった。
「ランだってお台場で俺と再会した時、昔と印象が違っててびっくりしただろう?」
「うん。こんな人だったのかなって思った」蘭はくすっと笑う。
「悪かったな」純の鼻にシワが寄る。
「そうじゃなくて、あの築地のお寿司屋さんで見た時にそう思ったの。随分印象が違っていたけど、でもあの時にじゅんのことを本当に好きになったんだ」
 蘭はレインボーブリッジに向かう船を見ながらそう言った。
「なんだよ。やっぱり失恋した俺に同情していたのか?」
 純はがっかりして見せる。
「違うよ。うまく説明できないけど……決して同情なんかではありません!」
 蘭はそう言って、純の右ほっぺたをつねった。
 純が「分かった、分かった」と大げさに痛がって見せる。
「じゅん 中学卒業の時に引っ越さなかったら、ずっとユリ姉と付き合っていたと思う?」
 蘭は小さな声でそう訊いた。
 純は少し考える。
「いや、高校までは付き合ったかも知れないけど、その後はどうだったんだろう? 多分、自然消滅で別れたんじゃないかと思う」
「何故そう思うの?」蘭は不思議そうな目をした。
「やっぱりあれは子供の恋だったんだと思う」
 遠い視線で純はそう答える。
「なんで?」
「だって俺ユリと付き合っていた時、確かに楽しかったけど、ユリのこと何も憶えてないもの。ユリがどんな夢を持っていたとか、家庭のこととか、悩みとか……そんなもの相談したことがあったかどうかさえもすっかり忘れてる」
「そうなんだ……てっきりじゅんはユリ姉のことが忘れられないのかなと勝手に思い込んでた、私」
「何故?」今度は純が不思議そうな顔をした。
「お寿司屋さんで、佃島をじゅんが避けているのが分かった時、私何となくそんな気がしたの」
 純は一度肯定してから、すぐ首を左右に振った。
「ああ、俺は確かに佃島を避けていた。それはこの前も言った通りの理由だ。でもそれはユリのことを忘れられなかったせいじゃないと思う。俺にとってユリも佃島の一部であって、俺はそんな佃島から離れたくなかった。だから避けるようになった。逆説的で変かも知れないけれど、そういうことだと思う」
 蘭は純がそう話している間、ずっとその口許を見ていた。
「少し分かるような気がする」
「俺は今ランの夢も知っているし、ランの悩みがあれば聴いてやりたい。俺も自分の夢をランに語りたいし、悩んだ時は相談したい。それが大人の恋だと思うし、そうやって愛に育って行くんじゃないかと思う。愛に育つ恋が大人の恋で、恋のまま終るものが子供の恋なんじゃないかな」
「私もじゅんの悩みとか聴いてあげたい。でも、子供の恋と大人の恋かぁ。ふうん。じゅんはそんな風に考えているんだ」
 蘭はそう言って、青空に浮かぶ白い雲を見上げた。
「おかしいかい?」
「全然おかしくない。ただ、じゅんは結構考えているんだなと思って感心した」
 蘭はベンチから立ち上がり、純を正面から見下ろす。
「よせやい。照れるぜ」純は視線を逸らした。
「私、一つ小さな夢があるんだけど」
 蘭はそう言うと、くるっと背中を向けた。視線の先には先ほどの白い雲がある。
「俺も小さなやつならあるよ」
 純は蘭の背中へそう言った。
 蘭はまた向き直る。
「じゅん 先に言ってみて」
「ランが先に言えよ」
「ダメだよ。そういう時はレディファーストじゃないの! 男の子が先に言うものだよ」
 蘭は指先を立て、左右に揺らせた。
 純はベンチから立ち上がると、石ころを拾って海に向かってえいと投げた。そしてぱんぱんと両手を打って埃を払った。
「分かったよ。じゃあ言う。来年はここでランと花火を見たい。この前あまり花火見てなかった気がするし」
「ふうん、良いよ。約束する。私、来年の花火はここでじゅんと一緒に見る」
「ランの小さな夢は?」
「良いよ、もう今叶ったから」
「ここで一緒に東京湾花火見ることかい?」
 蘭は手をかざしてお台場を眺めながら答える。
「うん。ここからの方がずっと綺麗だから」
「来年の俺も、花火に感動しているランの顔を見てる時間の方が長くなるかも」
 そう言ってもう一つ石ころを拾った純は、思い切り遠くの海へ投げつけた。
 その石の行方を蘭は目で追って行く。
 近くで海鳥の鳴く声が響いた。
「それで良いよ。じゅんはずっと私を見ていなさい」
 蘭は気持ち良さそうにうんと言って伸びをした。
 蘭の髪をさらさらと海風が揺らして行く。
 純は、そんな蘭の横顔を満足気に見守りながら言った。
「いや、やっぱり花火をちゃんと見る。やっぱり花火の方がランよりずっと綺麗だからな」
「バカ!」蘭はそう叫んで笑った。
「遊覧船から見るのもいいかもな」
 純は通り掛った船を指差した。
 蘭は二、三歩前に出ると、船に向かって、
「おーい!」と手を振った。そして純に背を向けたまま叫んだ。
「じゃあ、それは再来年ね」
「OK!」
 純はそう言って、蘭を後ろから抱きすくめる。
 蘭は体をひねり、純の首に手を巻きつけて囁いた。
「じゅん 大好き!」
「分かってるさ」
 純は蘭にやわらかなキスをした。

                       (了)




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