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脳空間自由飛行
★メインはオリジナル小説(※著作権留保)の掲載... ★観月ありさ、宇多田ヒカル、マリア・シャラポワ、蒼井優、上戸彩、堀北真希、剛力彩芽、新垣結衣 ★小説の読みたい回を探すには「ブログ内検索」が便利!
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かづしげ

Author:かづしげ
★★★「君という光」連載中. 
★長編『アミーカ』 :"R18指定" 18歳になった夏樹は家出して風俗業界に飛び込んだ…
★長編『黒い美学』 :近未来SFアクション. on line RPGで大事件発生!
★短編『10年目の花火』
★長編『ドロップ』 :新人文学賞をめぐるミステリー



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長編「君という光が」新連載予告
 オリジナル長編恋愛小説「君という光が」新連載予告[2007.11.2]

 新連載と言っておきながら恐縮ですが、本作品はyahooのブログで2006年9月より連載開始した恋愛小説で、途中ココログのブログへ移籍したりして今の所第37回分まで書き上がっております。しかしながらこれでもまだ半分程度かなという感触を持っております。

 2006年の夏に行われた宇多田ヒカルの全国ツアーコンサートを観て大いなる感動を得たことが、このお話を書き始めた切っ掛けです。ストーリィ上では一応アーティストの名前は『ヒカル』としましたが、ヒカルは主人公二人の出会いのシーンに登場するだけです。ヒカルの詩は所々出て来るかも知れませんが、これが完成してどこかの文学賞に応募する時にはその辺がネックとなりそうです。結局は応募できないかも知れません。

 所でyahooブログ在籍当時は欧米人モデルのグラビア写真なども公開していたのですが、その中には時々ヌード写真も混じっていました。それがyahooの基準に抵触したようで警告なしに2006年9月末に追放されてしまいました(恥)
 念の為言及しておきますが私が掲載していたものは、アメリカのトップモデルによるトップレス程度のソフトヌードでした。
 ブログごと削除された理由をメールで問い合わせた所「あなたのブログはyahooブログにとって好ましくない」との回答を得たので、「ヌード写真の掲載は今後自粛するから復活して欲しい」と再メールしましたが全く認められませんでした。
 そんな訳で急遽移籍したココログブログにおいて、yahooブログで公開済みの第1回から8回までの再掲載分を含め、10/2から2007年4月4日まで37回に渡って連載したのですが、4月から保険代理店の仕事が忙しくなりそのまま休筆してしまいました。またココログブログのメンテナンス(かなり頻繁に行われ、長時間に渡り管理画面にアクセスできない)に嫌気がさし、2007年5月13日よりFC2へ移籍することを決断しました。
 そして遂に低所得に喘いでいた保険代理店を10月末で廃業することにし、11月より専業の株式トレーダー(個人)になりました(笑) 一般的には失業者に分類されるかも知れません(笑)&(泣) まあこれで時間的な余裕もできたので、今まで書いたものに手を入れながら後半へと書き継いで行こうと考えております。

<以前途中まで読んだことのある方へ>
第30回頃から後の部分については大きく書き直すかも知れません。



【記事検索のヒント】
 『例:第■回の記事を見つけたい』→左の列にある≪ブログ内検索≫に、”「君という光が」第■回”と入力し、検索ボタンを押します。めんどくさければ第■回だけでもOK。この時には他の小説の第■回も同時に検索結果として出て来るかも知れません。


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テーマ:恋愛小説 - ジャンル:小説・文学

オリジナル恋愛小説「君という光が」第1回ー長編全70~90回程度
[前回までのあらすじ]
 初回ですのでありません(笑)


【記事検索のヒント】
 『例:第1回の記事を見つけたい』→左の列にある≪ブログ内検索≫に、”「君という光が」第1回”と入力し、検索ボタンを押します。めんどくさければ第1回だけでもOK。この時には他の小説の第1回も同時に検索結果として出て来るかも知れません。




++++++++++これより本編+++++++++++






     『君という光が』

                   星野 一







 本作は、宇多田ヒカルさんが二〇〇六年に行ったコンサートツアー『UTADA UNITED 2006』の中で、同年八月十八日に開催された、さいたまスーパーアリーナ二日目を筆者が観覧した折に、深い感銘と強いインスピレーションを得て書き始めたものです。
 「光」の一節から採らせていただいたタイトルに了解を得てなどおりませんが、どうかお許しいただきたいと存じます。









     「ヒカルが私にくれた光」

 あの時ヒカルが歌ってくれたラストナンバー「光」
 その時に起こった偶然の贈り物……僕はその邂逅を忘れない。

「♪君という光が私をみつける♪」
 ヒカルの歌声がそのフレーズに差し掛かった時、僕はたっぷりと涙を浮かべていたのだろう。そして漸く気がついた。右手の上の暖かい重みに。振り向いた勢いで大粒の涙を零した。その人は自分の左手を眺めてから顔を上げた。
 僕の表情には恐らく、驚きと問い掛けと謝意などが入り混じって混沌としたものがあったに違いない。その人は暗がりの中で、僕の目に焦点を合わせると、瞬きを数回繰り返してから左手と共にふわりと浮き上がり、小さな重みが消えた僕の右手には温かみだけが残った。
 その人の顔が暫く脳裏に残った。神々しいというか不可思議な笑みだった。僕はまだ重ねられた手の意味を求め続けていた。
 これまでの二時間近く、右側のカップルを振り返ることなどしなかったし、聞こえて来るのは二座席右の男の声だけだったから、その人を意識したのはこれが初めてだった。ほっそりとした体形、カラフルで個性的な衣服、大きな目。声はどんな感じだろう。何故僕の手を……
 ごく短い時間静寂が支配した僕の耳に、ヒカルの熱唱と強烈な演奏と万雷の手拍子の響きが再び戻って来た。ヒカルは今、アンコールのラスト曲を歌っている。会場全体が一になるべき時間帯であることを漸く思い出した僕は、膝にあった双眼鏡をテーブルに置き、そっと立ち上がった。
 左席の僕の連れは、疾うにスタンディング体勢で、首を揺らし大きな手拍子を打っていた。
 その人はステージのヒカルを真っ直ぐ見詰めたまま、僕の右手に再び触れた。反射的に引っ込め掛けた手を、意識して止めた。冷たいが柔らかな感触。
 右を振り返ると、その人はゆっくりと正面を見せた。小さ目の顔にさっきよりも明瞭な笑みを浮かべている。大人っぽさと幼さが同居した顔には惹かれたが、神々しさは消えていた。取られた右手が引上げられそっと離された。その人は横顔に戻り「光」に合わせて手拍子を打ち始める。
 右手の高さまで左手を引上げ、素早くリズムを計り、僕も手拍子を打ち始める。遠くのヒカルを見詰めながら、ヒカルの熱唱を聴きながら、ヒカルと一緒に口ずさみながら……それでも時折、僕は右を気にしていた。
 その人は二度とこちらを振り返らなかったし、連れの男が奇妙な表情で見ているのが分った。もう右を見ることはできなかった。視線を感じて左を見ると、手拍子を打つ連れの横顔の中にも似たようなものがあった。
 一体僕は何をしているんだ。さっきまであんなにもヒカルに浸っていたと云うのに……
 手拍子を打ち続け、ヒカルと共に口ずさみ、アリーナに満ちた気に浴され身を任すと、ヒカルと一体になり自分が消えて行くようだ。僕の中のノイズは霧散した。「光」の終わり近くなっていた
 アンコールのラストナンバーが終わるやいなや、一万八千人の大喝采が、うなりの大津波となってステージへ向かって押し寄せる。ヒカルとバンドメンバー達が、歓声と拍手に応えて気持ち良さそうに手を大きく振っている。
「ヒッキ~」
「ヒカルー!」
 やや悲痛味を帯びた嬌声や野太い叫び声が、仄暗い大空間のあちらこちらから飛び交った。純白の光に満ちた大ステージには、おびただしい量の紙吹雪が、水色と黄色に輝きながら舞い散っている。
 精一杯の拍手を贈りながら、遠方の小さなヒカルの中に、見える筈の無い満面の笑みを見詰めた。到頭最後まで、ヒカルは僕達と自分自身の為に歌い切ったのだ。
 ヒカル! 僕はまた、他をはばかる事無く号泣していた。

 その日は朝からヒカルのことが心配でならなかった。前日のコンサート途中から声が出にくそうだったから……

 しかしながらその数日前までの僕はと言えば、あのヒカルが二〇〇〇年の夏以来六年ぶりに全国ツアーを行っていることだけは知っていたが、まさか八月十七、十八と二日続きで『さいたまスーパーアリーナ』へ出掛ける事になろうとはこれっぽっちも思っていなかった。
 もちろん毎日の様にヒカルの歌を聴いていたし、彼女のCDならシングルは一々買っていなかったとしても、アメリカで"HIKALU"の名前で出した全編英語のアルバム『エキソドス』も含めて、五つ全てのCDアルバムを揃えているし、PV(プロモーションヴィデオ)のDVDだって勿論持っている。
 その外にも、あの日本人アーティストでは初と言われる、MTV(全米音楽専門ケーブルTVチャンネル)の看板番組『MTVアンプラグド』出演の様子を収録したDVD『HIKALU UNPLUGGED』も買ったし、インターネットでオンエアーされた、ライヴストリーミングを完全収録したDVD『二十代はイケイケ!』までコレクションしているのはちょっとした自慢だ。
 少しだけ口惜しいのは、六年前のファーストツアーライヴのDVDは、なけなしの中大枚六千円を叩いてまで買ったくせに、二年前に五日間連続で行われた武道館ライヴの時には、その金が惜しくてレンタルDVDで済ませてしまったことだ。
 六年前の僕はコンサートまで行こうとは思わなかったし、二年前の時はEプラスでチケットを申し込んではみたものの、予想通り抽選に外れた。と言う訳で今回の全国ツアーは端から諦めていた。そう僕は諦めていた。所が……

 最近になってブログを始めていた。
 日中は殆ど株価ボードを見ていたが、単に株価を追い続けるだけでは疲れるだけだし、その取引時間中ちょこっと遊ぶにはブログと云うツールが僕にとって好都合だったのだ。
 僕が始めたヤフーのブログの中に、熱心なヒカルファンがやっているものを見つけ、そこへ足繁く通うようになった。
 面倒臭がりな僕は、アイドルたちの公式サイトというものが、それほど頻繁には更新されず、押し並べてつまらないものだと認識していたので、ヒカルのものでさえも全く観ていなかった。観るなら熱心なファンがやっているものに限るとさえ思っていた。そしてその通り「ヒカルの間」と云うファンサイトのブログでは、ヒカルについて幅広くかなりの情報を得られた。
 中でも一番感動した記事は、『HIKALU UNITED 2006』と題された、セカンド全国ツアーライヴの大阪公演鑑賞レポートだった。彼はやっぱり僕なんかとレベルが違う。ヒカルの詩は全て諳んじているようだし、記事の一節一節に、ヒカルの歌への感動が埋め込まれていた。生ヒカルを観て聴いてみたいという強い欲求が唐突に湧き上がった。
 二年間も休止していたヤフオクで検索してみると、かなりの数の出品があった。レインボーブリッジから東京湾へ飛び込んだつもりで、ツアー最終日東京公演アリーナSS席二列目のペアチケットに対し、最高額を定価の倍額に設定して入札した……二日間ほどは僕の応札が最高値だった。
 すっかり落札気分になっていた僕は笑えることに、バイト先の中島さんをどうやってヒカルのコンサートに誘うか、かなり真剣に悩み始めていた。
 内気な僕には女性をデートに誘った経験など殆ど無いに等しい。高校二年生の時に一夏付き合った女の子がたった一人いるだけで、理由も分らぬまま彼女に振られてからというもの、二四歳になる今まで、「彼女居ない歴」は主体たる僕を置いてきぼりに、勝手に記録を伸ばし続け、今や重力圏外まで飛び出したロケットが、慣性の法則に従って永久飛行を続けているみたいだった。
 それでも、鉄人松井秀喜の偉大なる連続出場記録が、あのダイビングキャッチによる手首骨折で止まってしまったように、不名誉な記録もいつか止まる筈なのだ。このペアチケットで必ず止めてみせると、それこそ他人が聞いたら吹き飯ものの屁理屈をつけて、僕は固く決意した。
 そんな涙ぐましい決意などにお構い無く、三日目に理由も明らかにされないまま出品はあっさりと取り消された。すぐさま別の出品を探し出し応札してみたが、経過も結果も前回とほぼ同じ。頭に描いた中島さんの笑顔が霞んで行く。
 それでも諦め切れなかった僕は、最終公演の代々木第一体育館にこだわるのをよして、千葉からは遠くアクセスも不便で、おまけに公演日が間近に迫る「さいたまスーパーアリーナ」初日、八月十七日木曜日のペアチケットに対し、最高額二万円で応札した。S指定とは言うものの、ステージまで遠く斜めに見下ろすことになりそうな四階スタンド席。ヒカルを観られるならもう座席などどこでもいいやと云う投げ遣りな気分だ。
 八月十四日、入札したその夜に落札した。なんと一万五千円のペアチケットをたった九五〇〇円で入手できた。出品者も一緒に行く友達が急に行けなくなったのでと、格安スタート価格の出品理由を記載していたっけ。
 その夜の内にEメールでやり取りして、二年前には無かった様な気がする「ヤフーかんたん決済」でカード支払を済ませた。
 実は既に司法書士事務所を二年前に辞めていて、いわゆるフリーターになっていたから、本当の所クレジットカードの信用基準には達していなかったのかも知れないが、自ら転職の事実をカード会社に申告して、こんな便利な文明の利器を失うまねをするつもりはさらさら無かった。それはさておき、翌十五日午前中にチケットを発送したとのメールが来た。コンサート前日には僕の手元に届くだろう。★★★



++++++++以下次回へと続く+++++++++





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オリジナル恋愛小説「君という光が」第2回ー長編全70~90回程度
[第2回…その前に初回のあらすじ]
 ヒカルのコンサートで起きた、その人との奇跡的な邂逅を僕は忘れない…
 数日前までヒカルのコンサートへ二日続きで行くことになるなんて僕は想像すらしていなかった。切っ掛けはヒカルのファンサイトを運営しているブロガーの大阪公演レポートだった。彼の勧めもあってヤフオクで埼玉公演のペアチケットを入札し、バイト先の中島さんを誘ってみようと決意したのだが…




++++++++++これより本編+++++++++++



[ その夜の内にEメールでやり取りして、二年前には無かった様な気がする「ヤフーかんたん決済」でカード支払を済ませた。
 実は既に司法書士事務所を二年前に辞めていて、いわゆるフリーターになっていたから、本当の所クレジットカードの信用基準には達していなかったのかも知れないが、自ら転職の事実をカード会社に申告して、こんな便利な文明の利器を失うまねをするつもりはさらさら無かった。それはさておき、翌十五日午前中にチケットを発送したとのメールが来た。コンサート前日には僕の手元に届くだろう。★★★ ]

 いよいよ今日は中島さんを誘わなくちゃいけない。そう考えたら何故か、木曜日は都合が悪いと言われそうな予感がした。
 ヤフオクにはさいたま二日目、八月十八日のペアチケットが新規出品されていた。しかも三〇〇レベルと云う、スポーツ観戦ならスィートシートに相当する最上級ペアチケット。アリーナモードでもシート環境自体変わる訳も無く、遠くてもステージ正面、余裕の三列仕様シートは足元ゆったりラグジュアリー。僕はこの日の午後、保険の意味でこれにも応札してみた。
 それもこれも初日分が一万円足らずで入手できたお陰なのだ。しかしながらこのオークションは、さらにタイトなスケジュールになっていた。終了時刻はコンサート前々日の十六日夜。落札してすぐ出品者と連絡が付いたとして前日十七日送金、同日出品者が入金確認、チケット郵送。全て順調に行くとして十八日当日チケット到着という、シビアでセンシティブなまるでレーサー仕様のセッティングだ。コーナーを攻めている時、もしもステアリングの手が震えたりしたら、遊びが無いから一発スピン。タイムアタックしているんじゃないっての!
 設定終了時刻には腹が立つが、それでもチケットが欲しかった。ハイリスクハイリターンの原則により、応札最高額は一万円ぽっきりに決めた。この出品者にはそれで十分だろうと云う、核開発を止めない北朝鮮やイランに対して、経済制裁する大国アメリカの大統領にでもなったような気分に支配されていたが、違っていたのは、見た目強気の両国が、内心ではアメリカを大いに恐れていることに対して、かの出品者は僕の制裁意識など全く知る由も無く、単なるマスタベーションに過ぎないことだった。

 僕のバイト先は、JR稲毛駅の海岸側ターミナル近くにあるコンビニだ。そこは株式市場が終わってから働きたいと云う希望条件にぴったりでかなり気に入っている。平日の夕方からラスト午後十一時までのシフトは、一緒に働くバイト仲間との調整さえ付けば気軽に変更することもできる。
 中でも特に好きなシフトは、月曜日から水曜日。中島明菜さんと一緒に働ける午後四時から六時までの二時間なら、ボランティアでも良い位だ。
 それでも現実を考えると、やっぱり報酬無しで働くなんて僕にはきつ過ぎる。何故なら僕は二年前の七月、家族の心配を他所に、父の経営する司法書士事務所を自己都合で辞めて、割と暇だった二年間で勉強してきた理論を実践に移すべく、僅かな元手で堅実とは程遠い株式投資業を始めていたからだ。
 親の家に住み朝食も勿論家。昼食はカロリーメート、夕食に至っては、バイト先で廃棄処分になった期限切れ弁当や惣菜で済ませると云う徹底した倹約生活。安い時給で得た僅かな給与のできる限りを株式投資資金に回していた。
 投資運用成績について見ると……始めの半年は、行ったり来たりで利益にならず、次の半年は、巧く回転していた時に調子に乗り過ぎて、早耳情報に飛び付いたばかりに、それまでの利益と元手の一部を吐き出してしまった。初心に返った二年目は、手固い株取引で損はあまり出さなくなったものの、僅かな利益を上げるのにも四苦八苦。両親の冷たい視線が背中に突き刺さる毎日を送りながら、この春頃から漸く軌道に乗って来た。
 実際この六月からに限ってみれば、かなりのパフォーマンスを上げていたが、それはあくまで率的な話。実額で云うと元手が小さ過ぎて、生活を豊かにするレベルにはまるで達していなかった。それにどういう訳か、好調になればなるほど投資資金を増やしたいと云う願望が強くなり、僕の生活はさらに窮乏を極める。親達を早く見返したいと云う気持ちが益々強固になっていたからだ。
 そんな僕でも、たとえ気持ちだけとはいえ、ボランティアしても良い位中島さんと一緒の時間は大切なものだ。中島さんが僕の気持ちに気付いているかどうかは分らない。それでも観察する限り、中島さんに恋人とか仲の良い男友達が居るようにも思えない。僕はこの三ヶ月間というもの常に希望を持ち続けている。
 女心にも買い時を計る株価チャートみたいなものがあれば良いのにと、都合良く考えないことも無いが、そんな便利なものがある筈もなく、僕にとって女性の心は、いつまでたっても動きの読めない仕手株のような存在だ。結局は予測のつかないまま、何となく上がりそうな気がするからつい買ってみると云う、相場のド素人が陥りがちな非合理的投資手法。その日の僕は、遂に戒めるべき危険な手法を取る所まで自らを追い詰めていた。
 信用買いで投資している新日鉄が、せめて前日の様に上昇してくれれば、少しは勇気付けられるかとも思ったがこの日は三円安。一万二千株の建玉は、前日比三万六千円の評価損になった。でも待てよ、僕はデイトレードをやっている訳では無いのだから、一日毎の上げ下げに一喜一憂してはならない。一週間とか二週間単位で株価の推移を評価すべきだ。
 先週の月火水を思い出すと、僕と中島さんの関係は中々良い感じだった筈だ。木金は中島さんが休みで土日は僕が休み。五日ぶり、何と長い隔離期間だろうか! とにもかくにも漸くめぐり来た昨日の月曜日……僕が入店すると、中島さんは雲間からお日様が覗いたように素敵な笑顔を見せて、弾むような声で挨拶してくれたっけ。まさか僕との再会を待ち侘びていた訳では無いだろうが、僕は信じたかった。
 考えてみれば中島さんは僕に対してだけではなく、誰に対しても感じが良い娘だ。他のバイト仲間に対してもお客様に対しても、いつでも笑顔を絶やさない。職場の花って云うのは彼女みたいな人を指す言葉だろう。そう思うと、僕に対する特別な笑顔の「特別な」という形容詞自体が妄想のような気がしてくる。それでも同僚の松尾君に対しての笑顔と、僕に対するものには明らかな違いがある。それだけは自信を持って言い切ることができるさ。
 第一、仕事のことで分らないことがあると、中島さんは決まって僕に訊く。松尾君や杉村さんに小難しいことを訊いている所は見たことがない。しかしそれさえもよく考えてみれば、僕が店で一番の古株で、歳も松尾君より一つ上だからかも知れない。杉村さんの場合、お母さんみたいで頼もしくは見えるけれど、システムのことを十二分に理解しているとは言えまい。
 それにしても僕が仕事を覚えるのに要した時間からすれば、まだ二十歳にしかならない中島さんはかなり物覚えが良かった。店に来て早三ヶ月になった今では、システムも含めて全てのコンビニ運営業務を要領良くこなし、動きに無駄が無く何年もこの仕事を続けて来たベテランのようだ。
 身長について言えば、一七二の僕と釣り合いの取れる推定一六二、三。細過ぎず太過ぎず、出るべき所は出て、締まるべき所は締まっていてバランスが良い。顔はやや細面で切れ長の目がセクシー。
 何事にもてきぱきと動く中島さんは、午後六時の帰り支度も見事なまでに素早くて、時々は彼女がやるべき仕事が僕に残されることがあるけれど、それ位はどうってことない。そんな時、やや甘え声で彼女は言う。
「ごめんね、今日は前のシフトの人から引継ぎが多くて、この仕事だけ残っちゃったんだ。西田さんにお願いしても良いですか」
 僕は喜んでその仕事を引き受ける。少しずつでも、そうやって二人の仲が深まって行けば良いなとも思う。そう言えば、彼女はその手のことは僕にしか頼まない。信頼されていると思うととても嬉しかった。
 中期的なチャート変化で見て、二人の距離が縮小傾向にあることは確実だが、携帯番号すらまだ知らなかった。
 この日が平和について考えるべき一日であることを、すっかり忘れていた僕は、ヒカルのコンサートの件を切り出してみて、彼女もヒカルファンだったことが初めて分った。結局彼女は十八日の金曜日なら都合が良いと言ってくれたのだが、その笑顔には微妙な迷いが含まれていた。
 確保できてないとは言え保険を掛けていて正解だった。例の出品に対し、もし競争入札者が現れたら、経済制裁については当然見直すべきだろう。世界の政治情勢は刻一刻と変化するのだから、現実的に対処しなければならない。これは日和見主義ではなく現実主義である。彼女の承諾に例え迷いが含まれていたとしても、現実主義では可とすべきだろう。
 それにしても株式投資において、買ってみなければ株価の微妙な動きを感じ取れないように、女性もアプローチしてみて初めて感じ取れるニュアンスがあると気が付いた。現実主義に徹することは難しい。気弱な僕は既にこの時点で、中島さんとの仲がそれほど進展しないだろうと予測し、少なくともヒカルのコンサートだけは、友達として一緒に楽しもうと考えていた。寂しかったが、知りたいと願っていた彼女の携帯番号は、この日漸く手に入った。
 関係は無いと思いたいが、彼女を誘った日が「終戦記念日」だったのは、結果的に見てあまり良くなかったかも知れない。僕の中で始まったばかりの小さな恋のファイトは、早くも平穏に終息しようとしていたのだから。現実的悲観論者!

 十七日木曜日は、ペアチケットを持って一人で出掛けることにした。
 天候ははっきりしないが新日鉄は大きく上昇。後場に入ってから、持ち株の内、八月十四日に買建てたばかりの七千株を信用返済売りして、税金、金利、その他諸経費を除き、正味六万五千円の利益確定。午後三時の時点ではかなり気分が良かった。
 「株式投資日記」のブログに、本日の大引けの様子や投資成績などの新記事を投稿し終え、午後四時過ぎの稲毛発快速電車に乗るつもりで、ゆっくりと出掛ける準備に入った。
 三時四五分頃イエデンが鳴った。西田司法書士事務所所長、すなわち父からの電話だった。家に忘れて来た大事な書類を今から持って来てくれないかと言う。
 一旦はバイトを口実に断ろうとしたが、どういう訳か父は僕のシフトをよく知っていた。乱雑な父のデスクの上を探し回り、目当てのものを見つけ出した僕は直ぐ家を出た。二年前まで世話になっていた父の事務所で大至急必要だと言われ、立ち寄ったとしてもコンサートに間に合うのであれば引き受けるしかない。
 事務所は津田沼駅から徒歩五分圏内で、線路沿いの雑居ビルの中にある。場所柄、騒音はかなりのものだが、二年間ほど勤めた懐かしい場所でもある。
 父は既に外出しており、頼まれた書類は事務所の人に手渡した。用件は果したがそれだけで済む訳も無く、最近どうしていると問われれば、したくない近況報告を含め、それなりの挨拶を交わさなければならなかった。

 当時事務所の人達は、自分勝手で子供っぽくて、紙っぺらのように責任感の薄い西田所長を毛嫌いしていたが、息子である僕のことは不思議と大事にしてくれた。
 ある日外出から戻ると、それまで父の陰口を叩いていた人達が、バツが悪そうに急に話題を変える場面に出くわした。そういうのは雰囲気で分る。自分のせいではない筈なのに、そんな時はいつも居心地の悪い思いをした。
 僕自身中学高校の頃から、勉強や進路のことを口うるさく言う父のことが大嫌いだった。彼らの気持ちには寧ろ共感さえ覚えていた。それでも所長の息子である僕は、決して彼らの仲間にはなれなかった。
 僕の僻みなのかも知れないが、居心地の悪さの原因は外にもあった……
 文学を志し、小説家になることを夢見ていた僕は、第一志望佼たる早稲田大学第一文学部を、偏差値分析の予測通り門前払いされ、滑り止めの日大文学部に、つまり他の上位何校かは期待した役割を果たさなかった為、入学手続きして捲土重来を期した。
 両親に内緒で仮面浪人を決め込んだ僕は、翌年性懲りも無く難攻不落の敵城=早大一文に再挑戦し、二年連続玉砕という受け入れ難い現実に直面した。日大第一学年を留年したことが分った時、我が父は烈火の如く怒った。何故なら学部こそ違うもののそこは父の母校でもあったからだ。父は普段から母校のことを、日本一のマンモス大学で、誰でも行ける所さなどとうそぶいていたのだが、実は一方ならぬ深い愛着を有していたことが、この時になって初めて露顕したのだ。父の母校愛はかなり屈折している。★★★




++++++++以下次回へと続く+++++++++




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オリジナル恋愛小説「君という光が」第3回ー長編全70~90回程度
[第3回…その前に第2回までのあらすじ]
 ヒカルのコンサートで起きた、その人との奇跡的な邂逅を僕は忘れない…
 その数日前までヒカルのコンサートへ二日続きで行くことになるなんて僕は想像すらしていなかったが、切っ掛けはヒカルのファンサイトを運営しているブロガーの大阪公演レポートだった。ヤフオクで埼玉公演のペアチケットを入札し、バイト先の中島さんをコンサートへ誘ってみようとまで僕は決意した。
 どうにか金曜日の約束を取り付け、8/17木曜日の分は一人で『さいたまスーパーアリーナ』まで出掛けることにしたが、家を出る直前父から書類を事務所まで届けてくれと電話があった。かつて僕が勤めていた良い思い出が無い事務所だ… 




++++++++++これより本編+++++++++++



[ 日大第一学年を留年したことが分かった時、我が父は烈火の如く怒った。何故なら学部こそ違うもののそこは父の母校でもあったからだ。父は普段から母校のことを、日本一のマンモス大学で、誰でも行ける所さなどとうそぶいていたのだが、実は一方ならぬ深い愛着を有していたことが、この時になって初めて露顕したのだ。父の母校愛はかなり屈折している。★★★ ]

 二年目の第一学年をきっちりと通ってみて、学友との交流も再三再四試みたが、やはりここではダメだと感じた。
 嫌悪すべき父に似てアマちゃんの僕は、日大を中退して独学で小説家を目指そうと考えた。在学中に何度か拙い作品を文学誌に投稿したりもした。その上で強固なる決意を父に話した時も、現役生だけで日大は十万、そのOBの数を考えてみろ、折角入った日大を退学することが、おまえのこれから先の人生においてどんなに損になるかをよく考えろと、口を酸っぱくするようにして、僕の考えを改めさせようとした。
 この時ほどのエネルギーが普段の父にあるならば、あの従業員達の所長に対する信頼も現状とは違ってきっと厚くなっていただろうに。慣れない事はするもんじゃない。父の話に説得力は無かった。それでも反論はしなかった。話が通じないことは分っていたし、情けないことに僕も父同様説得は苦手だった。予想外だったのは、普段父と子の小競り合いを傍観する母が、この時ばかりは一緒になって僕を説得する側に回ったことだ。
 二人の親心に背を向けた僕は、日大三年度授業料の収納締切日直前に退学届けを出し、それは事務的に受理された。弱冠二十歳の時だ。この時の父の怒りも尋常ではなかったが、折れることのない僕の決意を知った母は父の説得を試みた。功を奏したのか、父は漸く僕の気持ちを考え始めたらしい。
 フリーターになって雑誌投稿を繰り返し、小説家になるチャンスを掴むと云う僕のプランに対し、父はある条件を提示した。それは条件というよりも、寧ろ情愛溢れる申し出と言うべきだろう。条件に従ってフリーターではなく、父の司法書士事務所に勤め、例え見せ掛けだけとしても司法書士の勉強を始めることになった。
 事務所の人達はどういう訳か、僕のプライベートな内情をよく知っていた。恐らくは事務所の古株高橋さん辺りがその発信源なのだろう。彼女は人から個人的事情を訊き出す点において一種の天才だった。
 知られてしまったことはどうにもならないが、父のことについては腹の内を見せようとせず、僕との間に明瞭な他人線を引いておきながら、僕たち親子間の葛藤について干渉を繰り返し、時には憐れみの態度を垣間見せる。僕には我慢できなかった。
 善良な彼らと適当に話を合せて、命ぜられた司法書士の勉強など殆どせず、日中の暇な時間帯を利用して、経済的に自立すべく株式投資の勉強をし、家に帰れば小説家の真似事を繰り返していた。見て見ぬ振りをしていたか、うかつにも僕の戦略に気付かなかったのか、父は何も言わなかった。
 事務所勤めが三年目に入った夏、正確に言えば二年前の七月、事務所の人たち全員が見守る中、僕はとうとう父に退職願いを提出した。父は僕の毅然たる態度に少なからず驚いたようだが、拍子抜けする程素直にそれを受取った。説教や説得を予想して、僕はそのままの姿勢で暫く待機したが、口ごもった末に漸く父が発した言葉は「分りました」の一言だった。
 お体裁屋の父が、使用人の前で息子から裏切られたシーンを、ことさら演出することを嫌ったのだろうと、勝手に解釈していたのだが、今になって考え直してみれば、中退したものの大学卒業年齢に達した一人の成人男子に対し、これ以上自分の考えを押し付けてもしょうがないと判断したのではあるまいか。あの父がそこまで物分りが良いとは思い難いのだが……今日まで真意を質す機会が無かったので、父の当時の気持ちはいまだに分らない。
 その時家を出て行かなくて済んだことは、今になって父に深く感謝してさえいる。僕は普通に生活して行く事の経済的困難を、事務所を辞めてみて漸く悟った。

 二年振りに訪れた父の事務所で、かなり複雑な僕の気持ちなどお構い無しに、かの善良なる人々は、代わる代わる懐かしげに温情溢れる質問を繰り出してくれたから、気が付けば三十分間程の、彼らにとっては無価値でも、現時点で争うべき一刻一刻が過ぎていた。業務時間中貴重な時間を割いてくれた彼らに対し、お礼と別れの言葉を慇懃に告げて、僕は事務所を出た。
 予定より一時間ほど遅くなり、僕が乗った電車は、津田沼十七時十一分発東京行きの総武快速で、目的地到着予定は午後六時三十二分と云う厳しいタイムスケジュールになった。
 稀に乗る快速東京行きでは、倹約生活の反動もあってグリーン車を利用する。束の間の贅沢。頼まれた父の急用も済ませ、ゆったりしたシートに腰掛け、東京湾方向を左手に眺めながら、ヒカルのコンサートと中島さんのことだけを考えていたい気分だった筈だが、事務所を離れる時わざわざ見送りに出て来た、高橋さんの口にした言葉が気になっていた。
「智也君、変なこと訊くけど、おうちでのお父さんの様子は普段と変わらない」
「どういうことですか」
 僕の表情には当然ながら不審の影が差したことだろう。高橋さんは曖昧に微笑んで続けた。
「お父さんには、私から訊いたなんて言わないでね」
 同意を無理強いされて頷いた。
「智也君も知ってるでしょうけど、事務所の夏のボーナスは毎年七月末に出ていたの」
 もう一度僕は頷いた。
「お盆も過ぎたと言うのに、今年は一向にボーナスが出る気配が無いわ。所長さん一体どうしてしまったのかしら」
 在職中、所長のことをざっくばらんに話してくれる人など誰一人居なかった筈だ。事務所とすっかり縁が切れた部外者に対して、経済的内情まで打ち明けて仲間扱いしてくれたことを、喜ぶべきなのか呆れるべきなのか戸惑っていた。
 ことお金の問題になると、人はこうして変わるのだと悲しい気分になる。いや、これこそが僻み根性か。高橋さんは僕が所長の息子だからこそ、心配してそんなことまで話してくれたのかも知れない。それでも黒っぽい感情を僕は抑えられずにいた。
 高橋さんは心痛な表情を作って見せた。
「私は良いのよ、ボーナスなんてもらえなくても。でも他の人たちにも生活があるし。みんな事務所の経営が巧く行ってないのかなって、所長さんのことを心配しているのよ。だからね、智也君のお父さん、おうちではどうなのかなって」
「僕が見る限りでは、いつもと変わらないようですが。もう少し注意して観ておきましょうか」
 そう提案すると、高橋さんはいつも通り愛想の良い笑みを浮かべた。表情コントロールの自在性は相変わらずだ。僕には高橋さんの本当の感情が殆ど読めない。
「いいのよ、忘れて。気の回し過ぎだと思うから」
 両手をワイパーの様に振りながら高橋さんは、
「ああそうそう」と付け足した。
「ヒカルちゃんのコンサート楽しんで来てね。うちの子も大ファンだからきっとうらやましがるよ」
 応答も待たずに、高橋さんは手を大きく振って足早に事務所へ戻って行く。暫くの間、丸みを帯びた背中が小さくなるのを見送っていた。
 最近の父は仕事のことを口にしなくなったが、僕に対する態度に気になる変化は見られなかった。
 たまに出勤が遅い日の父は、
「やってるな」と言いつつ部屋に入って来て、パソコンディスプレー上の株価ボードを横から覗き込み、
「最近はどんな具合だ」と声を掛けて来る。
 始めた頃と比べて投資成績が安定して来たせいか、この二月か三月位、株式投資業に関する父のコメントには、肯定の響きすら感じ取れる。
 部屋を出て行く時には
「まあ頑張ってくれや。何事においても勉強とねばりが一番大事だからね」と、エールとも受取れる挨拶をしてくれる。株式投資において、一銘柄に拘ってねばることは厳に戒めるべきことで「見切り千両」と云う言葉もある位だが、そんなことは口にしなかった。
 裏付けなどこれっぽっちも無いのに、あらゆることに自信家だった父の、このような変化が自信喪失の現われだとすれば、喜ぶよりも嘆くべきことなのかも知れない。自分のことだけでなく、父のことや家のことを注意深く観察して行こうと僕は考えた。

 東京駅奥底の地下ホームから延々と這い上がって、京浜東北線ホームに辿り着いた。大宮行きはかなり混んでいた。予定の電車に乗り換えてほっとしたせいか、夕食をどうするかと云う点にまで考えがめぐるようになった。
 このまま行けば十八時三十二分に「さいたま新都心駅」に着くのだが、コンサートが終了してから夕食となると、九時を遥かに回ってしまうだろう。ヒカルを応援するエネルギーも途中で枯れてしまいそうだ。
 事務所の倉田さんがくれた「乗り換え案内」のプリントを検討した結果、上野で高崎線に乗り換えることにした。上野駅には店が幾つもありそうだし、乗り換え時間も十四分と余裕がある。しかも目的駅へ二分早く着くと云うベストプラン。
 上野駅のコンビニでおにぎりとサンドイッチを買う。缶ものは持ち込み禁止だろうし、ペットボトルでもうるさいことを言う公演もあるようだ。飲み物は紙パックジュースを選んだ。
 会場入りしたら開演前に食べておこうと考えながら、食料調達任務を無事完了した兵士は、次の任務を遂行すべく高崎線六番ホームへと降りて行く。階段周辺は人が多く空いている方へと移動する。ホームから見える、中途半端に切り取られた空は薄黒く曇っている。雨に対する備えは怠り無かったが、現実は往々にして人の予測範囲を超えて行くものだ。実はこの時もそうだった……
 荷物になるからと迷った末持参した、風呂敷包み中の折り畳み傘に出番がありそうだと考えていると、突然構内アナウンスが流れて来た。
「お急ぎの所大変ご迷惑をお掛けしております。折り返し当駅十八時七分発高崎行き高崎線は、落雷事故の為到着が遅れております。大宮方面お急ぎの方は、十八時十二分発の十三番線ホーム宇都宮線小金井行きをご利用下さい……」
 頭の中で大鐘が不協和音の様に鳴り響いた。
 アナウンスに反応して即座に行動し始めた周辺の数人と共に、踵を返し今降りて来たばかりの階段を、前の人の背中を突かんばかりにして僕は精一杯のろのろと駆け上がった。
 二階連絡通路に達すると、前を行く人達の殆どが右に進んで行く。思った通り番号が増えて行く方向だ。所が通常のホームは十二番線までしかなくて、その先はなだらかに下っており、突き当たり付近でスロープは左に折れ曲がり先へと続いていた。
 正面に見える電車かもと小走りに近付くと、そこは十五番と十六番のホームだった。僕は十三、十四番ホームのあるべき左を見た。目の前にはレールが敷かれていて、ガードフェンスが行く手を阻んでいる。あまりにも田舎臭い、言い換えればクラシックな駅の作りに唖然とした。
 十五番から幾つまであるか知らないが、大きい番号が付くホームへは右手にそのまま移動できる。しかしながら、十三、十四番だけはレールが手前まで切ってあって、さらに何十メートルかの距離をフェンスに沿って戻らなければならないのだ。
 上野駅の十三番以降は、レール終点側だけにホームと同レベルの連絡通路があって、反対側へはレールとホームだけが伸びた、原始的櫛形構造になっていた。その上一つしかない連絡通路が、二箇所で鉤の手に曲っていて、ここだけ後で延長しましたと言わんばかりだ。
 心に余裕のある時なら、レトロな香のする発見を楽しむ事もできただろう。しかし、そのような余裕をどこかへ置き忘れて来てしまった僕は、小さな驚きと小さくはない怒りを抱えながら、十三番ホームへと回り込み、停車している電車の最後尾車両で行き先表示を確かめた。
「小金井行き」……この時点で僕は高崎線ホームで聞いたアナウンスを忘れていた。
(中央線の小金井か。埼玉に向うのにどうして)
 てんぱっていた。
 後部車両は食み出さんばかりの超満員鮨詰め状態。ここへやってくる人たちは全て先を急いでいる。僕はドアから食み出し掛けている乗客の向こう側で、こちら側を向いている一人の女性と無理やりに目を合わせた。
「この電車は大宮方面に行きますか」
「分りません」
 女に軽く会釈しながらも胸の内では、
(なんでお前はこの電車に乗っているんだよ)
と毒づいていた。★★★




++++++++以下次回へと続く+++++++++



テーマ:恋愛小説 - ジャンル:小説・文学

オリジナル恋愛小説「君という光が」第4回ー長編全70~90回程度
[第4回…その前に第3回までのあらすじ]
 ヒカルのコンサートで起きた、その人との奇跡的な邂逅を僕は忘れない…

 その数日前までヒカルのコンサートへ二日続きで行くことになるなんて僕は想像すらしていなかったが、切っ掛けはヒカルのファンサイトを運営しているブロガーの大阪公演レポートだった。ヤフオクで埼玉公演のペアチケットを入札し、バイト先の中島さんをコンサートへ誘ってみようとまで僕は決意した。
 どうにか金曜日の約束を取り付け、8/17木曜日の分は一人で『さいたまスーパーアリーナ』まで出掛けることにしたが、家を出る直前父から書類を事務所まで届けてくれと電話があった。かつて僕が勤めていたあまり良い思い出が無い事務所だ。

(当時の回想)
 司法書士事務所では所長たる父の指示に従って、司法書士資格を取得する為勉強を兼ねて2年あまり勤めたが、実はこの間に勉強したのは株式投資だった。そして2年前の7月に全従業員の目の前で父に退職願を提出した。父はきっと裏切られた思いがしたことだろう。

 事務所の帰り際、古株古参の高橋女史から事務所の経営不安に関する話を聴いた。上野駅で弁当でも買おうと思いついたのもいけなかったのか、馴染み少ない高崎線で落雷事故が発生し、初めての宇都宮線に乗り換える羽目になった。ホームは上野駅の最果てとも言うべき所に位置し、櫛形構造はレトロそのものだった…




++++++++++これより本編+++++++++++




[ 「小金井行き」……この時点で僕は高崎線ホームで聞いたアナウンスを忘れていた。
(中央線の小金井か。埼玉に向うのにどうして)
 てんぱっていた。
 後部車両は食み出さんばかりの超満員鮨詰め状態。ここへやってくる人たちは全て先を急いでいる。僕はドアから食み出し掛けている乗客の向こう側で、こちら側を向いている一人の女性と無理やりに目を合わせた。
「この電車は大宮方面に行きますか」
「分かりません」
 女に軽く会釈しながらも胸の内では、
(なんでお前はこの電車に乗っているんだよ)
と毒づいていた。★★★ ]

 女からすれば、波の様に次々と押し寄せる乗客に圧迫され続け、身動き一つ取れない過酷な状況の中、よりによって自分一人が通りすがりの見知らぬ男から、場違いにも悠長極まりない質問を浴びせられて、一言怒鳴りつけてやりたい衝動を押さえつけながら、精一杯大人しく応対していたのかも知れないのだ。
 自分の気持ちだけで精一杯だった僕は前へ前へと移動する。次の車両も全てのドアで満杯だったが、自分が向う先を正確に認識しうる高度知的生命体を、砂浜から一粒のダイヤを発見するが如き奇跡的幸運で見つけ出した。間違い無く大宮方面の電車だ!
 ベルが鳴る。奇跡的に空いていた次の車両はグリーン車。高崎線の落雷を怨みながら、倹約とは縁遠い千円と云う大金の追加出費を覚悟して、車両奥深くへと乗り込んだ。中央付近のシートが一つ空いている。古漬けの様に疲れた腰を沈めると、電車は間も無く出発した。定刻通り発車して漸く僕は落ち着きを取り戻した。
 今日の運勢変化は目まぐるしい。この先どうなることやらと不安が頭をもたげて来る。これでも午前はかなり順調だったのだ。
 前日の夜、あの制裁的入札によって、僕はさいたま二日目の三〇〇レベルスィートシートペアチケットを無事落札していた。進展の可能性が低くなったとは云え、中島さんと約束したプラチナチケット。落札額はたった九千円。初日二日目と合せて諸経費別で僅か一万八千五百円也。これだけで二日分のペアチケットを入手できた。初日分は一人分無駄にしているから、喜んでばかりもいられないが、株式でもチケットでも安く買えるのは嬉しい。午前十一過ぎに届いた出品者からのメールは、着金を確認したので速達でチケットを送付したという通知だった。
 午後も悪くなかった。新日鉄はこの日急上昇していたので後場に入ってから、三日前に四六九円で買ったばかりの七千株を、四八〇円で信用返済売りした。もろもろ差し引いた後の正味で六万五千円の受け取りだ。結局新日鉄はその後も上げ続け、なんと十四円高の四八四円で引けた。
 ひょっとしてその値段で売ったから、上昇トレンドにあった運気が転げ落ち始めたのか。確かに僕の売値より四円も高く引けたのだから……
 株式市場が引けて、コンサートへの準備を整えていた時、事務所の急用を押し付けて来た父の電話。事務所からの帰り際高橋さんは気になる言葉を投げ掛けた。乗り換える必然性などさらさら無かった筈の高崎線と落雷事故。かつて利用したことも無く、将来の利用もおよそ思い付かない宇都宮線に追いやられたこと。往路だけで二回目のグリーン券を買う羽目になるだの、積み重なったいくつもの偶然に運命的なものを感じざるを得ない。
 もしも運命を司る神が実存するならば、彼または彼女のいたずらによって、それほど普通じゃないよとの少数意見はこの際除外するとして、かなり平凡に進んで来た僕の人生が、気まぐれな一陣の風に吹かれた木の葉の様に、くるくると翻弄され始めたような気がした。
 電車は午後六時三五分頃「さいたま新都心駅」に到着した。改札口を出て人波の左方向へ流されてみると、右手にさいたまスーパーアリーナと思しき巨大建築物が見えた。
 時間的に観てコンサート会場への人の流れはピークに近いらしく、ゲート正面まではせいぜい早歩き程度までしか加速できない。どうにか会場正面に近づくと、四〇〇レベルの客には正面ゲートからの入場が許されないことが分った。
 スタジアム外周部を取り囲むスロープの左側を、正面ゲートを六時の位置と見立てて、七時の位置から時計回りで十二時付近まで、回り込むように人波の中で前進し、上り切った所が北口ゲートだった。
 時間の掛かる手荷物検査を無事潜り抜けてやっと入場。チケット記載の四三〇扉へは、右に一八〇度近く折り返し、たった今登って来たばかりのスロープを右手に見ながら、再びのろのろと戻るばかりだ。その前までと多少の違いがあるとすれば、ここが既に場内で通路に傾斜が無いこと位だった。壁とガラスの向こうの人達は、内と外じゃ大違いだと言うだろうが彼らにも今に分る。
 トイレ周辺では女性達が長蛇の列をなしていた。男の方は、肉体も服装も都合良く出来ていて回転が速い。優越感を持てる数少なき事例。
 スロープを登る時にも見えた特設喫煙所では、ビニール張りの狭いスペースの中で、若い男女十数人がもくもくと紫煙を吐き続けている。その他目に映るものと言えば、前を行く人の背中と足元だけ。爪先から踵までの歩幅で歩み続けていたが、僕の四三〇扉が遂に目の前に現れた。
 扉の向こう側には僅かな照明に照らされて、一種独特の緊張感を詰め込んだ仄暗い大空間が広がっていた。突然高い所に飛び込んだのでかなりの浮遊感がある。
 地に足の着かないまま指定席を探し出し、着席しても尚落ち着かず、前後両側と四面を見渡すに飽き足らず、高い天井を眺めたり遠くのステージに目を落したりと、唐突の宇宙遊泳そのままにとりとめなく視線を彷徨わせてから、僕はコンビニのポリ袋に右手を突っ込んで今夜の夕食を取り出した。他人の視線を気にしないように、自ら作り出した孤独感を噛み締めながら、あたかも前線の兵士が戦闘と次の戦闘の狭間で腹拵えをするように、飲料の助けを借りて固形物を胃の腑の奥へと流し込んだ。
 インスタントにエネルギー充填した僕は、ゲートでもらったパンフレットやチラシの数々にざっと目を通し、そこにヒカル情報の欠片も無いことが分ると、乱雑に重ねて左隣の空席に片付けた。
 その次にしたことと言えば、双眼鏡を取り出して様々な所へ照準を合せてみたこと。グランド部分に設置されたアリーナ席にも、はるか向こう正面の二階、三階スタンド席にも人々が溢れ返っている。扉を入った時に僕が感じたあの緊張感の正体は、この一万八千の人たちが個々に作り出した『気』の集合体だったようだ。
 東京ドームの五万人と比べれば遥かに人数が少ない筈なのに、高く覆った天井が黒っぽいせいか、あるいは光量がうんと絞られているせいなのか、空間自体大きく感じるし詰め込まれた人の数にも圧倒された。
 質的に分析すれば、シーズン半ばのプロ野球球場、とりわけ僕が何度か観戦したことのある五月始めの巨人戦と比べて、一人当たりの持つ期待感が遥かに濃厚かつ大きいせいかも知れなかった。無論ナゴヤ球場における伝説の『10.8決戦(じゅってんはち)』などの特異現象と較べるつもりは毛頭無いが、ここに集まる人のエネルギーとか気の総量は、僕の知る限り東京ドームを間違い無く超えていた。圧倒的な気に浴されて、ここに来る途中のあり得ない展開や、正体の見えない不安感を僕はすっかり忘れていた。
 そろそろ開演の時間だ。谷底にあるかのような右手奥の大ステージを、遥かな高みから見下ろしつつ、慎重に双眼鏡の焦点をセットする。丁度その時、仄暗い僅かな照明まで落ち切って大空間は真っ暗になった。
 長径二十メートルはあろうかと云う木の葉型大ステージ、そのバックサイドを取り囲む形で湾曲してそそり立つ、高さ約十メートルもの大スクリーンにヒカルの顔が大写しになった。
 無表情に目を大きく見開き続け、一見スチール写真のように見えて髪だけがさらさらと風にそよいでいる不思議な絵。会場全体に爆雷の様な大拍手が湧き上がる。
 やがてヒカルの歌が、小音量のBGMとして流れ出した。アルバム「エキソドス」からの『オープニング』のようだ。それきりヒカルのアップ映像以外何一つ起こらない。拍手は次第次第に静まり、時折
「ヒッキー!」との呼び声がこだまするだけ。
 薄暗闇の中で何時の間にか、バンドメンバー達は定位置に着いていた。ヒカル登場まで焦らしに焦らされて、数分間にも数十分間にも感じられるコンデンサー効果を狙った時間帯。ステージ中央にセットされたスタンドマイクに、きっちりと焦点を合せたままじりじりと待ち続ける。ステージプロデューサーの思惑通り、生れて初めての生ヒカルとの対面に向けて、僕は緊張感をみっしりとコンデンスしていた。
 強い視線で遠い一点を凝視するヒカルの大きな目が、不意に一つ瞬きする。バンドは「Passion」のイントロを奏で始めた。
 未だ漆黒に近いステージの真ん中付近に位置する、スタンドマイクのすぐ後方に、不意に小さな光の円が生まれ、その真ん中にぱっくりと四角い穴が開いた。三万六千個の視線が一点に注がれる中、ゆっくりと黒髪が浮かび上がって来る。その視角差で、先ずは圧倒的多数の三方スタンド席から歓声と拍手が巻き起こり、一拍遅れてアリーナ席から歓声が爆発した。
 遮る物質さえ無ければ永久直進運動を保ち続け、正体を見せようとしない筈の光線は、百%近い反射率を持つ純白のドレスによって、漆黒空間のあらゆる方向へと散乱した。まるで自ら発光しているような美しいフィギアは、全身がせり上がり切ると同時に魔法が解けて生身の人間となった。
 解放されたヒカルは一歩二歩と前に出て静かに歌い始める。しっとりとしたバラード。ろうろうと響き渡る歌声は聴く人の中に深く浸透する。歓声と拍手はすっと静まった。
 生ヒカルの全身は、高性能な双眼鏡の中で丸く切り取られて輝いている。オープニングの一曲で僕は魅了された。一人でここに居て良かったとさえ思えた……実際中島さんと一緒だったなら、僕はヒカルに対しここまで浸り切ることができただろうか。
 木の葉の大ステージは淡く純白に輝き始め、くっきりと格子柄が浮かび上がった。立方体を敷き詰めたような透過型大フロア自体が蛍の様に発光している。
 二曲目は最も新しいが、寧ろ初期を思わせるリズムとストレートな愛情表現「This Is Love」……知らない内に首と膝でリズムを取っていた。それでもまだこの時は、左席を空けたままで良かったと思う気恥ずかしさを残していた。右は元々気にする必要が無い。皆が皆、右下ステージしか見てないのだから。
 立ち上がりからスタンディング、頭上手拍子で熱狂するオールアリーナと対照的に、急傾斜最上部スタンド三階席の僕の周辺では、アリーナに負けじと立ったまま熱狂応援しているのはまだ少数派だった。★★★




++++++++以下次回へと続く+++++++++




テーマ:恋愛小説 - ジャンル:小説・文学

オリジナル恋愛小説「君という光が」第5回ー長編全70~90回程度
[第5回…その前に第4回までのあらすじ]
 ヒカルのコンサートで起きた、その人との奇跡的な邂逅を僕は忘れない…

 その数日前までヒカルのコンサートへ二日続きで行くことになろうなんて、僕は想像すらしていなかったが切っ掛けはヒカルのファンサイトを運営しているブロガーの大阪公演レポートだった。ヤフオクで埼玉公演のペアチケットを入札し、バイト先の中島さんをコンサートへ誘ってみようとまで僕は決意した。
 どうにか金曜日の約束を取り付けて、保険の意味で二日分買った8/17木曜日の分は、一人で『さいたまスーパーアリーナ』まで出掛けることにしたが、家を出る直前父から書類を事務所まで届けてくれと電話があった。かつて僕が勤めていたあまり良い思い出が無い事務所だ。

 (回想)

 事務所の帰り際、古株古参の高橋女史から事務所の経営不安に関する話を聴いた。
 上野駅で弁当でも買おうと思いついたのもいけなかったのか、不案内な高崎線で落雷事故が発生し、未経験の宇都宮線に乗り換える羽目になった。ホームは上野駅の最果てとも言うべき地下のような所に位置し、ホームの櫛形構造はレトロそのものだった。
 発車寸前の宇都宮線は通勤ラッシュのピークのごとく、どの車両も人が食み出していた。先頭車両方向へ走りながら、漸く入る隙間を見つけた車両はグリーン車で、血と汗の結晶とも言うべき僕の貴重な千円札が財布から飛び立った。
 漸く着いた「さいたま新都心駅」から会場入口まで人を掻き分け進んだのに、人で埋め尽くされた外周スロープを奥高くへと遠回りさせられた。のろのろと「ところてん式」に前へ押し出されながらも、僕はどうにか開演直前に3階スタンド指定席に着席する事ができたが、黒い大空間の浮遊感と18,000の群集の気の集合に圧倒されてしまう。
 幻想的なヒカル登場シーンと、しっとりと心に染み入るバラード"passion"の1曲だけで僕は歌姫に魅了された……





++++++++++これより本編+++++++++++



[ 立ち上がりからスタンディング、頭上手拍子で熱狂するオールアリーナと対照的に、急傾斜最上部スタンド三階席の僕の周辺では、アリーナに負けじと立ったまま熱狂応援しているのはまだ少数派だった。★★★ ]

 ステージのヒカルは会場のノリの良さに刺激されて、パフォーマンスは早くもアクセル全開。サビの終りでヒカルが仰け反ると、空かさずアリーナが反応。アーティストとオーディエンスの刺激のキャッチボールはエスカレートして行く。
 のっけからの飛ばし過ぎがやや気になったが、全開で歌ってくれるのはファンにとって文句無く嬉しいことだ。

 以前NHK特番で井上陽水のライヴを観たことがある。ベテランアーティストならではの貫禄、ゆったりとしたステージメイク、存在感も際立っていた。
 名曲ナンバーの歌唱シーンとジョーク溢れるMCシーンは、観客の反応が一段と素晴らしかった。古くから彼に付いているファン達は、自分達自身の懐かしき青春時代を彼にダブらせて、老成した井上陽水を楽しむ術を知り尽くしている。アーティストだけでなくオーディエンスもまた超ベテランなのだ。
 歌唱について言えば熱唱とは程遠く、お酒でも飲みながら気持ち良く流してるように聴こえた。父から勧められたCDとは大違いだ。CDで聴いた陽水には迸るエネルギーがあった。ベテランのオーディエンスも、昔はあの陽水に嵌ったに違いない。今の陽水には無理なのだろうか。
 若い僕から観ると、両者の関係は物足りなかった。何故熱唱を要求しないのか。どうしてかったるい歌唱に我慢できるのだろう。年だからしょうがない、そこは多目に見てやろう。良き時代、若く輝いていた頃を思い出せるだけで良い。お互いに誤魔化し合った関係。言い過ぎだと言うなら、甘やかされた関係、緊張感を失った関係と言い直そうか。
 ベテランアーティストのライヴは僕には温過ぎて、刺激されるものは何一つ無かった……

 目の前に居る僕たちのヒカルは、さらにテンションを上げてぶっ飛ばす。
「さあみんな用意は良いか! 今日はどんどん行くぜぇ! 最後まで着いて来いよぉ!」
 独特なハスキーボイス。ボーイッシュだけど、ファンにとってはたまらなくセクシー。ヒカルが右腕を高く突き上げると、二万に迫らんとするヒカル教信者衆の大方も、それぞれの手を宙へと一斉に突き上げた。
「オーッ!」
 個々が応える声に微妙なずれが生じ、共鳴よりも振幅が大きいうなりとなる。
 三階スタンドの僕は小さめの声で、控え目に右手を突き上げた。大空間に充満した大きな気の揺らぎは、少しずつ内部のマグマを加熱し始めた。
「出発進行!」
 ヒカルの掛け声で「traveling」が始まった。
 詩の内容は気軽に出掛ける未来の宇宙旅行。まさにこれこそファンを乗せるには持ってこいのアップテンポ・ポップス。
 ヒカルはその歌詞通り、宇宙船のキャビンアテンダントになり切って、ステージ中央から右へ左へとステップしながら、会場に対し手拍子を要求して行く。アリーナばかりではなく、三方のスタンドでも立ち上がる人が目立って来た。
 「traveling」が終ってみると、我が三階席では立ち上がった多くの人が再び座り直した。ここで立ち上がってみれば分るが、急傾斜のスタンド席には、谷底へ落ち込みそうな恐怖感がある。そんな恐怖感を根こそぎ奪い去って、ヒカルパワーがここの観客達を最後には総立ちにまで持って行けるのか興味深々だった。
 次の曲が始まると、僕のちっぽけな興味は見事なまでに打ち砕かれた。ヒカルの低音が出ないのだ! もしかしたら出ているのかも知れないし、そう信じたかったが……聴衆の耳に明瞭に聴こえなければ出ていないのだ。
 不思議なことに、耳に聴こえないヒカルの低音は、僕の胸にも他の多くの人の胸にも直接響いていたようだ。
「♪切なくなる筈じゃなかったのにどうして~♪」
 セカンドシングルの懐かしい歌は、iTunesやiPodで聴く日常とはまるで比較にならない位、フレーズ通り僕の内部深くをえぐり切なくさせた。ここに集まった他の殆どの人達も、同じ体験をしているものと信じたい。
 四曲で構成された第一部はこの「Movin'on without you」で終了した。
 第二部が始まるまで、次は大丈夫だろうかと云う不安が間断無くよぎる。当らないで良い懸念は当ってしまうものだろうか……
 第二部は始まった。トータル五曲目のバラード「SAKURドロップス」では、高音域まで所々掠れて聴こえない。バックを彩る桜吹雪の美しい映像が、そこはかとなき悲しみを増殖させている様で、見当違いにも桜色の情景を僕は憎んだ。
 ヒカルはそれでも、そこに位置すべき本来の音階を、発声の都合に合せて適当に上げ下げしたりしなかったし、伝えるべきものを精一杯表現し、周波数を同期させようとする人たちには、溢れ出る情感が伝わっている筈だ。
 後の一曲一曲について、これ以上くどくど述べることは控えたいが、この日のヒカルのステージは、聴く人、観る人によって評価が大きく分れそうだ。
 危ういバランスを保ちながら、ヒカルは最後まで歌い切った。この日のヒカルに大きな失敗があったとするならば、それは余計な不安感を与えることによって、ヒカルとの一体感を共有しようとする聴衆の集中力を削ぎ取ってしまった点にこそある。
 二曲のアンコールナンバーをこなして、どうにか終了したコンサートの後で、そぼ降る雨の中を、明日ヒカルの声は出るのだろうかと云う不安感を払拭できないまま、鈍重な団塊の流れに身を任せ、長い外周スロープを来た時と正反対方向へ、僕は背中を丸めるようにして下って行った。傘は差していたが、外側も内側も濡れたように湿っぽい。
 ヒカルパワーに浴した僕には依然高揚感が残っていたが、期待していた爽快感とは違っていた。明日こそはヒカルのベストパフォーマンスを見せてもらって、芯からすっきりしたいと思う心と、体調が悪いなら、コンサートを中止して大事を取ってもらいたいと願う心が交錯する。
 外のファン達はどう感じているのだろう。例えば中島さんが今日のコンサートを観たとしたら、彼女はどう考えるだろうか。ヒカルより一つ上の二四歳男性ファンと、三つ若い二十歳の同性ファンとの観方ではどれ位違いがあるのだろうか……

 ヒカルのコンディションのことばかりに、気が回っていたこの時はまだ気付いていなかったが、ここへ来る途中得た、運命変化の予感が当っていて、尚も進行中だったことは次の日になって明瞭になった。


 この日微妙に変えられた運命の軌道に従って、僕の人生がどんな終着駅へ向うかは別にしても、その経由すべき路線名は昨日までの「平凡本線」から、「変化線」あるいは「苦悩線」へと変わってしまっていたようだ。
 苦難が待ち受ける軌道上で、ヒカルの歌が道標になるとは、この時の僕には知る由も無かった。








     「邂逅と再会」前編

 夜遅く帰宅した僕は、コンサートの様子を「ヒカルの間」と云うヒカルファンサイトのブログへ簡単に書き込んだ。
 キャベジンさん……これは「ヒカルの間」の管理人のハンドルネームだが、彼はヒカルの喉の調子が悪いと聞いて、相当心を痛めたようだ。
 他にも多くのヒカルファンサイトがあるらしく、彼はその幾つかを調べ回った。翌日金曜日、キャベジンさんの新記事によると、前日のコンサートに関する感想は概ね好評だったようだ。しかしながら僕が危惧したように、僅かながらも手厳しい意見があった。
 趣旨はこういうものだ……プロのアーティストであるならば厳しく自己管理すべきである。コンサートを観に来る人々の中には、時給八百円とか九百円のアルバイトで、お金をこつこつと貯めてから、とても小額とは言えない、七千五百円とか九千円ものチケットを買った人もいる。高価な出費に見合わない不出来な内容にはがっかりした。コンディションが悪いならチケットを払い戻して中止にして欲しかった。等。
 確かに超高音域と超低音域の発声は苦しそうだったが、その分感情表現が素晴らしくてとても感動した、と云う感想に代表される、ヒカルに好意的な多数派の方に僕は賛成したい。
 キャベジンさんには「さいたま二日目」にも行くかも知れないと前に伝えてあったが、彼はそれをよく覚えていて、二日分のレポート記事を書いて欲しいとコメントを返して来た。
 僕は迷った。キャベジンさんの大阪公演レポートがあまりに素晴らしかったので、そのような記事などとても書けそうにないと思ったからだ。迷った末、僕は書いてみますと応じてしまった。
 これでも小説家を目指している僕は、文章を書くこと自体は苦にならないのだが、ヒカルの歌に関しては電車移動中にiPodで聴くとか、パソコン作業中にiTunesで聴くなどの「ながら聴き」に片寄っていた。歌詞はうろ覚え、歌を聴いてタイトルが浮かぶのはシングルヒット曲ぐらいだし、幾つ当てられるかと問われれば半分も当てられるか怪しい状況だ。この程度の奴に、キャベジンさんのような臨場感あるレポートを書ける筈がないが、ヒカルの為に好意的なコンサート記事を書くことは意味があると思った。

 前日十四円高の急騰の反動で、新日鉄はかなり下げると思っていた。昨日売った四八〇円より五円安く買い戻したかったが、相場は思惑通りには行かない。開始早々の四円高、四八八円と云う高値を観て、今日は余り下がらないと感じた。買い注文の指値を四八六円に変更した。前日七千株を四八〇円で売って、翌日八千株を四八六円で買い戻しただけでも間抜けなのに、新日鉄はその後下がり始め、四八〇円の安値を付けて結局前日比三円安の四八一円で引けた。
 昨日三日間で六万五千円儲けたのは果たしてついていたのだろうか……深く考えないようにした。何が一番良かったのかは後になってみなければわからないからだ。
 朝起きた時からずっと気にしていた、ヒカルのコンディションについては、九時の東証(東京証券取引所)オープンから、前場取引が終了する十一時まで、二時間もの間すっかり忘れていて、僕は改めて自分の薄情に気が付いた。
 株取引は巧く行かなかったが、今夜のコンサートペアチケットについては、取引完了を知らせて来たメールの通り、午前十一時過ぎに到着した。チケットを確保した僕は、約束通りお昼頃中島さんの携帯に電話した。
 火曜日に勤め先で誘った時や、その翌日の堅苦しい雰囲気と比べて、中島さんの電話応対は全く違っていた。少なからず戸惑ったのは事実だが、二人の話は、昨日木曜日のコンサートの様子や、僕の入店時刻前にかつて起こった幾つかの小事件の話題などで弾んだ。彼女がかなりの笑い上戸である事も初めて知った。
 電話を切った時、通話時間は三一分間と表示されていた。電話が苦手な僕にとって驚異的な数字だ。若い異性相手にこんなにも長く話ができたのは、顔を突き合せない気軽さからだったのか、あるいは二人の気持ちが通じ合ったせいなのか。
 中島明菜ちゃんとはこの先進展しそうにないと予測していたが、再び恋の株価の先行きに明るい先行指標が現れた。それでも僕は昨日のことを思い出し、運気の日中足(※にっちゅうあし=一日の相場の中で値動きの推移を示すグラフ)チャートは、幾ら強くても乱高下し得るものと戒めた。日中足の五分足チャートを考えてみればすぐ分る。次の五分間の動きを的確に予測することは、恐らく誰にもできない筈だ。
 待ち合わせは明菜ちゃんの都合に合わせ、昨日と同じく津田沼駅十七時十一分発東京行きの総武快速線で、二両ある内の前側グリーン車二階席と決めておいた。昨日と違って僕は、快速で一駅前に当る稲毛駅から八分前に約束の電車に乗る。さいたま新都心駅着がコンサート開演二八分前になることを考慮して、会場で二人が食べる夕食は明菜ちゃんに用意してもらうことにした。
 午後三時の株式市場終了後は突然の電話なども無く、僕はユニクロで買ったばかりの白地のTシャツに、紺の半袖シャツを重ね着し、ヴィンテージ風ジーンズに合せてみたりした。精一杯おしゃれしているつもりなのだが、なにせ彼女居ない歴と倹約生活がこうまで長くなると、自慢できる品物と言えば三年間履き古したレザースニーカーの、ニューバランスM577L位だった。
 男の価値を決めるものは決して外見ではないと云う、頼りない説に縋りながら、中身の方はどうなんだと自問する前に、僕はさっさと身繕いを完了し、父から拝借した明菜ちゃんの為の双眼鏡など、コンサート対策グッズ一式を二人分セットした。これで一安心、今日は雨の心配も無い。
 渋滞も無くバスは定刻に稲毛駅へ到着した。人波を縫うようにして改札口を通った。
 発車案内の電光掲示ボードを見上げると、十七時前なのに
「今度の上り電車は、十七時十二分発横須賀行き」と表示されている。
(十七時三分発東京行きやろが! 一体どうなってるんや)
 気分が悪い。チャットをやっていた時の癖で、驚いた時や怒りが湧いた時、僕は関西弁になる時がある。特に声に出さない時はその傾向が強い。
 三番四番線へ通じる、右側階段下の時刻表で再確認する。パソコンソフトの「乗り換え案内」通りだ。千葉寄りの後ろ側階段を登り切り、ホーム中央まで戻ってグリーン券発券機でスイカに記録する。宇都宮線車内では千円も取られたが、事前に購入しておけば二五〇円節約できるのだ。
 昨日の落雷事故のことを思い出した途端、またしても構内アナウンスが流れ出した。
「お急ぎの所大変ご迷惑をお掛けしております。横須賀線にて人身事故が発生した影響で、当駅十七時三分発東京行きは運休いたします。その次の十七時十二分発横須賀行きは、東京行きに変更いたします。東京から先へお向かいのお客様は、ご面倒でも東京駅にてお乗換え下さい。繰り返します……」
 またかよ! その時僕のポケットで『オートマチック』の着メロが鳴った。
「西田さん、予定の電車に変更があったみたい。その次の津田沼十七時二十分発の快速に乗れば良いのかな」
 明菜ちゃんからの電話だったが、その電車に乗ってもらうしかなかった。★★★



++++++++以下次回へと続く+++++++++





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オリジナル恋愛小説「君という光が」第6回ー長編全70~90回程度
[第6回…その前に第5回までのあらすじ]
 ヒカルのコンサートで起きた、その人との奇跡的な邂逅を僕は忘れない…

 その数日前までヒカルのコンサートへ二日続きで行くことになろうなんて、僕は想像すらしていなかったが切っ掛けはヒカルのファンサイトを運営しているブロガーの大阪公演レポートだった。ヤフオクで埼玉公演のペアチケットを入札し、バイト先の中島さんをコンサートへ誘ってみようとまで僕は決意した。
 どうにか金曜日の約束を取り付けて、保険の意味で二日分買った8/17木曜日の分は、一人で『さいたまスーパーアリーナ』まで出掛けることにしたが、家を出る直前父から書類を事務所まで届けてくれと電話があった。かつて僕が勤めていたあまり良い思い出が無い事務所だ。

 (回想)

 事務所の帰り際、古株古参の高橋女史から事務所の経営不安に関する話を聴いた。
 上野駅で弁当でも買おうと思いついたのもいけなかったのか、不案内な高崎線で落雷事故が発生し、未経験の宇都宮線に乗り換える羽目になった。発車寸前の宇都宮線は通勤ラッシュのピークのごとく、どの車両も人が食み出していた。先頭車両方向へ走りながら漸く入る隙間を見つけた車両はグリーン車で、血と汗の結晶とも言うべき僕の貴重な千円札が財布から飛び立ったが、無事開演ぎりぎりで3階スタンドの指定席に着くことができた。
 ステージが始まる前の僕は、さいたまスーパーアリーナの黒い大空間、高所急傾斜スタンドの浮遊感、18,000もの群集が醸し出す気の集合体に圧倒され呆然自失していた筈だが、幻想的なヒカル登場シーンと、心に染み入るバラード"passion"の1曲だけでヒカルに魅了されどっぷりと浸っていた。
 スタートから全開のヒカルだったが、喉の変調か4曲目から超低音域と超高音域の発声が掠れ出した。声の不調を十分過ぎるほど補った感情伝達は素晴らしかったが、ヒカルのコンディションが気になって僕の集中力は幾分か削がれたようだ。ヒカルが最後まで無事歌い切った後の帰り道も僕の心は湿っぽいままで、明日もあるコンサートのことが胸に深く棘刺していた。
 翌日の僕は薄情にも、東証の前場開始と同時に午前中ヒカルのことは忘れていた。前場が11時に終了して間も無く二日目のチケットが配達され、約束通り中島さんに電話したのだが、二人の話が弾んで通話時間は31分間に及んだ。
 二人が待ち合わせた午後17時3分の車両にまたもトラブル発生、人身事故で運休となった。昨日突然起きた僕の運命変化はまだ続いているようだ……




++++++++++これより本編+++++++++++



[ 「西田さん、予定の電車に変更があったみたい。その次の津田沼十七時二十分発の快速に乗れば良いのかな」
 明菜ちゃんからの電話だったが、その電車に乗ってもらうしかなかった。★★★ ]

 多少の不安を抱えながらも、漸くやって来た十二分発の電車に乗り込んだ。幸いグリーン車両の二階席は空いており、色々あった昨日とは反対側の進行方向右側シートを選んだ。
 昨日は高橋さんの言葉や父のことを考えていて気がつかなかったが、グリーン車の様子が以前とは変わったようだ。制服姿の遠目に綺麗な女性が、飲み物やお菓子をセットしたバスケットを片手に抱えて階段を上がって来た。観ているとグリーン券のチェックも同時に行っているようだ。JR東日本の株式はどうだろうかと考えながら、忘れていたスイカを翳すと、シート真上の小さな赤いインジケーターが青に変わった。
 近付いて来るキャビンアテンダントは、僕の年齢とそうは離れていないだろう。缶ビールを二つ、間近でも綺麗だった人に注文した。普通の男女関係ではスマートに行動できない僕でも、客と店員などの関係なら気軽に声を掛けることができる。サービスを受ける側と云う立場になって、初めて女性と安心して話ができるのは、男としての自信が無いせいだ。JRのCAと会話した後で、いつもの様にそう思った。
 間も無く電車は津田沼駅に停まり、先ほどCAが上がって来た短い螺旋階段を、明菜ちゃんが視線を左右に走らせながら登って来た。僕は手を挙げて小さく振ってみせる。ぱっと咲いた笑顔を見た瞬間、僕の中で明菜株の一分足チャートは大きな陽線を記録した。
 固くなると思っていたのに、僕にも自然な笑顔ができたみたいだ。窓側に座ってもらった明菜ちゃんの左横顔は、缶ビール効果でほんのりと紅く染まりなかなか良い感じだ。
 今日の明菜ちゃんの装いは、上部が淡いピンクのタンクトップで、下はあちこちの縫い目に少しずつひらひらの付いたブルージーンズを穿いていた。木目細かい地肌と綺麗なカーブを持つ左肩や、三色に織り上げられたブラの見せ紐や、ミディアムレングスの髪を巻きつけるように纏めているせいで、全て晒し出されている白い襟足などが目に眩し過ぎて、僕は右を見たい気持ちに逆らいながら前だけを向いていた。
(明菜ちゃんの普段の服装はこんな感じなんだ)
 思いついたことをそのまま口に出すと、会話は思いの外軽やかに進んだ。僕の固定観念よりも、女の子と話すことは難しくなさそうだ。
 電話でも話したことだが、昨日のヒカルの様子を訊きたがるので、東京駅で乗り換える歩行中も話題は続いていた。座席で並んだ時よりも、気軽に目を合わせたり、綺麗な襟足などが見られてその時間が嬉しかった。会話中軽やかに動く女の子の口許を、僕自身の目で間近で見ていることが何故か不思議だ。そういうものは、スクリーンとかTV画面で見るものと、昨日までの僕は漠然と思い込んでいたらしい。
 京浜東北線の車中四七分間は、席に座れなかった前半の二十分の方が楽しかった。開かないドア側に立った二人の距離は近かったし、無意識だが角度的には自然の成り行きで、明菜ちゃんの胸の谷間の奥が垣間見えたりもした。
 打ち解けた雰囲気で緊張感も消えた極楽の時間帯に、明菜ちゃんが堅苦しかった火曜日と水曜日のことについて、僕は率直に訊いてみた。
 明菜ちゃんは、職場の先輩である僕と、同僚としてこれまで通り良い感じを続けて行きたかったらしく、デートの申し込みみたいなものはできれば受けたくなかった。今の職場の雰囲気が好きだからこわしたくなかった。それでも僕から申し出があった以上、受ける受けないに関わらず、関係に変化が生じることは避けられない。そんな気持ちが出てしまったのかなと明菜ちゃんは言った。
 昨日の電話で打ち解けたのは何故と、今までだったら絶対訊けなかったようなことを、僕はすらすらと口にした。
 答えは率直だった。以前似たような経験があって、携帯番号を教えた途端、その夜から男の電話が一方的に続いたことがあった。普段大人しそうな人に対しては、返って警戒心が強くなっていたのかもと笑ったが、明菜ちゃんの目は瞬間的にマジだった。
「でもね。西田さんは違ってた。うんボクの勘違いだった」
 間髪入れず『俺はそんなことしないよ』とでも答えて笑い飛ばしていたら、明菜ちゃんは言い訳などせずに済んだ筈だが、僕は曖昧な笑みを見せただけで、目で問い掛けていた。
 明菜ちゃんの目は左右に泳ぎ始めた。
「普段は使わないようにしているんだ。トモダチと話している時、たまに出ちゃうことある……ごめん」
 明菜ちゃんは、口を突き出すようにすぼめて下を向いた。
 トラウマなのか。気にはなったが今は状況を変えたかった。何でも良い、何か喋らなくちゃいけない……
「謝る事なんて別にないじゃん。僕も俺とか言っちゃうし」
「そんなのと全然違うよ。私はその呼び方を使いたくないの」
 突然バランスを崩した明菜ちゃんが、僕の方へつんのめり掛けた。受け止めようとした僕も、慣性の法則には逆らえず半歩下がった。二人は直ぐバランスを取り戻し、お互いに苦笑いする。強めのブレーキがかかった電車は間も無くホームに停車した。
 乗り換えの都合か、この駅では大勢の人が一斉に降りて、座席が幾つも空いた。長らく立ち続けていた僕たちは、直ぐ近くで空いた席に腰掛けた。タイミングも悪かったが、二人の位置関係が前と逆になった。ドアに近い長椅子の左端に明菜ちゃんが座った結果、僕は右側に並ぶことになったのだ。何となく気詰まりで、二人の会話は途切れ勝ちになった。
 こんな時、女性との交際経験が豊富な男だったら、一体どんな話題を振るのだろうか。気の利いた話題転換のできない僕は、ただ状況に流されていた。決定的な売りのタイミングを逃した株式みたいに、ずるずると下げて行くチャートを呆然と眺めるだけ。暫く黙っていた僕は、沈黙に耐えかねてどうでも良い事を口にした。
「食べ物、何買って来たの」
「うん」
 明菜ちゃんはポリ袋を開いて見せた。僕は中を覗き込む。
「セブンが無かったから、ライバルのローソンで買っちゃった」
 明菜ちゃんはぎごちない笑みを見せた。
 袋の中に三色味のおにぎりと、定番の三角サンドが見えた。ペットボトルもある。
「ゆで卵どうしようかと迷ったけど、あの匂いがね」
 明菜ちゃんは一言ずつ区切るように言った。
 話を繋ぎたい僕は、できるだけひょうきんに話し掛けた。
「ゆで卵はダメでしょ。買わないで正解だよ。俺、ゆで卵食べると臭い屁が出ちゃうかも知れないし」
 明菜ちゃんが笑った。
 性格とは合わないが、この場ではひょうきん者を演じ続けることにしよう。
「コンサート会場で屁こいたりしたら、ヒカルにも近くの人達にも申し訳ない。その時は出て行くしかないか」
「やだ! じゃあ私も出て行く」
 笑顔からぎこちなさが消えて来た。もう少しだ。僕はもう一度ポリ袋の中を覗いた。
「三色味おにぎりじゃん。これ好きなんだ。セブンでは廃棄処分になったおにぎりしか食べないけど、これだけはローソンでお金出しても買うよ」
「ウチのは買わないの」
「夕飯は節約することにしてるんだ。でもローソンでバイトしていたら、これだけは買って食べると思うよ」
「どうして」
「廃棄処分を待っている内に全部売れちゃうっしょ」
「売れないように、カウンターに隠しておけば」
 絶妙な突っ込みを入れた明菜ちゃんから自然な笑いが出た。やったぜ!
「ワルだなぁ。そこまでは頭が回らなかった」
 僕も笑ったが、ぎごちなかったのは寧ろ自分の方だった。
「ウチのカレー弁当も直ぐ売れちゃうよね」
 明菜ちゃんから先に話が出始めた。もう大丈夫かな。
「カレー弁当の評判は良いけど、あれ食べたことない」
「買って食べてみたら」
「それは僕の主義に反するからダメ」
「どんな主義なのよ、智也さん」
 明菜ちゃんは、この日初めてと言うより、今までで初めて僕のことを下の名前で呼んでくれた。嬉しくて指摘したくなったが止めておいた。他人行儀な「西田さん」の呼称に逆戻りさせる危険をあえて冒す必要は無いからだ。
 明菜ちゃん自身は気付いているのかどうか、その後も度々智也さんと僕を呼んだ。
 沈黙以前と較べれば固さが残ったが、その後も少しずつ二人の会話は進んだ。それでも僕には、女の子は気難しくて扱いが大変だと云う思いが残った。

 横須賀線の人身事故のせいで、会場入りは開演五分前になった。それでもその時刻に入れたのは、この日のチケットが外周スロープを使う必要が無い三〇〇レベルだったから……そう言いたい所だが、実は開演間際になると、整理の都合上全ての客を正面のAゲートから入れるらしい。唯一の入口はかなりの混雑を見せていた。
 僕たちは右寄りのルートを取った。ゲートが近付くにつれ、右手にたくさんの花が飾られているのが見えて来る。芸能関係者からの贈り物だろうが、残念ながら花を眺めてヒカルの交友関係を論評している時間は無い。それでも華やいだムードだけは味わえる。左の方へ並んだ人たちと較べて得をしたような気分だ。
 昨日厳しかった手荷物検査は、切羽詰った時間帯ではおざなりだ。個々の係員によって違うかも知れないが、僕らの列の周辺では似たりよったりの雑な対応で、チェックよりも早く会場内へと誘導したいらしい。至極当然の考え方だが、カメラとか録音機を持ち込もうと企んでいる人達は、経験的に状況を承知していて、この時間帯をわざと狙って会場入りするに違いない。いっその事、手荷物検査など止めてしまえば良い。
 ゲートを通ると、左手の先の方にグッズショップなどがオープンしている。買い物をしている人は見当たらないが、明菜ちゃんは立ち止まった。
「ヒカルちゃんグッズを観て行きたかったなぁ」
 明菜ちゃんはショップと僕の目を交互に見た。
「オンラインショップで、ここにあるものはどれでも買えると思うよ」
 口惜しそうな、それでもキュートなその顔は、この日初めて会った時と同じ位明るい笑顔になった。
 女の子は複雑そうに見えてなんて単純なんだと、この瞬間には感じたが、依然として今の僕にとっては、女心は雲を掴むようなものでしかない。
 奥へ進むと右手に短い階段があって、スタンド二階席の三〇〇レベルへと通じている。階段を右に折れ曲り上層フロアに出て、左手に少し回った所が僕たちの扉でその先には通路が無かった。
 扉口を入ったその時、昨日とはかなり違った印象を受けた。
 三〇〇レベル全体が真っ暗で、入口から見えるスーパーアリーナの空間が横に細長く広がっている。全体的にすっぽりと納まった感じがして、しっとりとした落ち着きがある。前方まで張り出した屋根が、この効果を生み出しているようだ。
 ここは二〇〇レベルと呼ばれる一階スタンド席の上に、出窓の様に突き出ていて、上階四〇〇レベルの床とこの屋根が一体になっている。アリーナの天井照明が屋根で遮られている為、昨日は仄暗く見えた筈の、前方に広がる大空間は寧ろ明るく見える。四〇〇レベルで感じた、あの飛び出しそうな浮遊感は皆無だ。僕たちの座席は一番後ろの三列目で、左奥から数えて三つ目と四つ目だ。左角に近いのだが、ステージは遠くほぼ正面に捉える事ができる。
 前席とのスペースは十分に取られていて、飲み物ホルダー付きの小さなテーブルまでセットされているし、さらには横列六席のブロック毎に一つの割合で、天井から五〇インチクラスの薄型ディスプレーが吊り下げられ、スポーツ観戦の折には、注目プレーのスローVTRが映し出されたりするものと思われた。
 贅沢なスィートシートは、明菜ちゃんを十二分に満足させたみたいで、デートの第二幕は幸先良いスタートを切ったようだ。
 開演予定の午後七時が迫っていたので、明菜ちゃんから手渡された三色味のおにぎりと、三角サンドイッチをそそくさと食べ始めた。飲み物は二五〇MLサイズのペットボトルが三種類もあって気遣いが感じられた。僕はお茶を選んだが、明菜ちゃんはコーラでおにぎりを食べている。食べ掛けのおにぎりが急に気持ち悪くなった。
 明菜ちゃんは食べ辛かったようだ。僕が早食いしたせいで、若い女性が一人もくもくと食べている構図が出来上がった。
「ごめんね」
 謝ったが言葉が足りなかった。明菜ちゃんはこちらを振り返ったが、表情を見る限り意味は通じなかったみたいだ。明菜ちゃんは食べるのを途中で止め、匂わないように残り物を丁寧に包み始めた。さっきの言葉が誤解されたかな。
 気が利かないことばかりで自分が嫌になった。座席のこともそうだ……左奥のカップルは女性が右座席だったから、女性同士隣り合う方が良いかなと考えた僕は、明菜ちゃんに左側を勧めたが、並んで座ってみると、京浜東北線と同じ気まずい位置関係になった。★★★




++++++++以下次回へと続く+++++++++




テーマ:恋愛小説 - ジャンル:小説・文学

オリジナル恋愛小説「君という光が」第7回ー長編全70~90回程度
[第7回…その前に第6回までのあらすじ]
 ヒカルのコンサートで起きた、その人との奇跡的な邂逅を僕は忘れない…

 その数日前までヒカルのコンサートへ二日続きで行くことになろうなんて、僕は想像すらしていなかったが切っ掛けはヒカルのファンサイトを運営しているブロガーの大阪公演レポートだった。ヤフオクで埼玉公演のペアチケットを入札し、バイト先の中島さんをコンサートへ誘ってみようとまで僕は決意した。
 どうにか金曜日の約束を取り付けて、保険の意味で二日分買った8/17木曜日の分は、一人で『さいたまスーパーアリーナ』まで出掛けることにしたが、家を出る直前父から書類を事務所まで届けてくれと電話があった。かつて僕が勤めていたあまり良い思い出が無い事務所だ。

 (回想)

 事務所の帰り際、古株古参の高橋女史から事務所の経営不安に関する話を聴いた。
 上野駅で乗り換えようとした高崎線の落雷事故といい、アナウンス誘導された乗車未経験の宇都宮線におけるグリーン車事件(それほどのものでもないか)といい、会場に着くまでに様々なことが起こり続け、運命を操る神に翻弄されているような気がした。
 コンサートではスタートから全開のヒカルに喉の変調が起こり、4曲目から超低音域と超高音域の声が掠れ出した。声の不調を十分過ぎるほど補った感情伝達はさすがに素晴らしかったが、二日目のコンサートに望むヒカルのことが胸に突き刺さる棘となった。
 翌日の午前11時過ぎに二日目のチケットが無事配達され中島さんに電話したが、二人の話が弾んで通話時間は31分間を記録した。
 二人が待ち合わせた午後17時3分の車両にまたもトラブル発生、人身事故で運休となる。昨日突然起きた僕の運命変化はまだ続いているようだ。ともあれ次の電車で二人は落ち合い、東京駅で乗り換えた京浜東北線の前半までは話も弾み順調だったが、ちょっとした切っ掛けでぎくしゃくしたり、彼女居ない歴が長い僕には女の子の気持ちを理解するのは株式投資よりも難しい。
 開演ぎりぎりで到着した300レベルの指定席はゴージャスで、中島明菜ちゃんを満足させたが、僕は細かいミスを重ねていた……
 




++++++++++これより本編+++++++++++




[  気が利かないことばかりで自分が嫌になった。座席のこともそうだ……左奥のカップルは女性が右座席だったから、女性同士隣り合う方が良いかなと考えた僕は、明菜ちゃんに左側を勧めたが、並んで座ってみると、京浜東北線と同じ気まずい位置関係になった。★★★ ]

 僕は、明菜ちゃんに「変わってるね」と指摘された、オレンジ色の刺し子柄の風呂敷を解いて、中から双眼鏡を二つ取り出した。父から借りて来た、自分のより高級で軽量な方を明菜ちゃんに手渡した。
 明菜ちゃんは早速それを手に取り、上下左右と色々な所を観ていたが、
「凄く明るく見える」と嬉しそうな声を出した。
 幾らかでも埋め合わせができただろうか。これ以上失点を重ねたくはなかったが、デートの場数を踏んでない僕はその点あまり自信がなかった。
 開演時刻を過ぎて徐々に気分が盛り上がって来た頃、空いていた右座席方向から、
「ここだろ」と云う若い男のがさつな声が聞こえた。
(五分も遅刻してる癖に少し気を使えよ)
 心の中で毒づいた。
 男は階段に接する向こう側に座り、女の方が僕の右隣に着席した。階段から左奥まで、このブロック六席三列の十八席は最後の一組で埋まったようだ。
 開演は十分遅れになるらしく、その旨アナウンスがあった。
 淡い照明が落とされ、会場全体が暗闇になる。遠い正面ステージのスーパービジョン一杯に、能面の様に静止したヒカルのバストショットが映し出された。会場全体から一斉に拍手が起こり、直ぐ左隣からもわっと驚く声がした。前夜観たばかりだと言うのに、ヒカルの映像は僕に再び強いインパクトを与えた。
 明菜ちゃんは双眼鏡をテーブルに置いて、首を僕の方へ回した。目は興奮で大きく見開かれている。自分が演出した訳でも無いのに、僕はプロデューサー気取りで不敵な笑顔を返した。
 HIKALUの名で全米進出を果たした時のアルバム「エキソドス」から、「オープニング」の音が流されている。
 この後スクリーンのヒカルの目が大きく瞬きして、ヒカル登場シーンとなる訳だが……忘れ掛けていたヒカルのコンディションについて俄然気になり始めた。
 会場の殆どが大いなる期待感をコンデンスしている中、僕だけは小さくない不安感を押し潰そうとしていた。前夜のこの時間帯とは百八十度違っていた……
 その時はやって来た。
 髪だけをサラサラと揺らしていたヒカルが、不意に大きく瞬きした。「Passion」のイントロが流れ出す。
 薄暗がりの中で、演奏するバンドメンの動きが見えた。
 スポットライトの当るスタンドマイク後部から、ヒカルがゆっくりとせり上がって来る。
 夢の様なシーンは寸分違わず前夜と同じ。それを知っているのは、ヒカルとスタッフ達と一部リピーターだけなのだ。中でもヒカルの喉を本気で心配しているのは、スタッフと本人を除けば昨日もここに来ていた少数であり、僕はその数少ない中の一人だった。内情を知っている優越感の類など一切存在せず、あるのは締め付けられるような不安だけ。
 僕の不安を他所に、前日と同じく三方スタンド席から間髪入れぬ大喝采が沸き起こった。一呼吸置いて熱烈ファンの集うアリーナ席から、半歩の出遅れを取り戻そうと、よりエネルギッシュな大拍手と歓声が爆発した。
 上がり切るまで静止したヒカルは、白く輝くフィギアにしか見えなかった。突然命が吹き込まれたように、ヒカルは一歩二歩と前へ出て、大きく息を吸って顔を起した。
「♪思い出せば遥か遥か~ 未来は どこまでも輝いてた~♪」
 行き成りピーク音から入ったワンフレーズが不安を吹き飛ばした。素晴らしく伸びやかな発声。喉と声帯の状態の問題など微塵も感じさせない。歌が進むにつれ杞憂だったことが嬉しくなった。会場はヒカルのバラードをじっと聴き入り静まっている。僕の気分は会場と同期し始めていたのだが……
 スタート直後の集中すべき時間帯なのに、遅れてやって来たカップルの男の声は、相変わらず僕の耳に響いていた。彼なりに幾らかトーンを落としたようだが、穏やかな気分が再びざわめき始める。
 よく喋るヤツだ。会話音量に他人への配慮が感じられない。注意していた訳じゃないが、やって来た時から休まずに喋りぱなしだろう。僕の直ぐ右隣の女の声が聞こえないのが不思議だ。女が男と同じ様に喋っていたら、きっと僕は癇癪を抑え切れず、強く注意したことだろう。
 男が隣合わせにならなかったのは、多分幸福な偶然だった筈だ。頭の中で僕は、右隣で喋り続ける男をぐっと睨みつけ、怯んだ奴の口を両手で塞ぎながら、耳元で「二度と口を利けないようにしてやろうか」と囁き、矢のように強い息を耳の中へ吹きつけた。影みたいにぼんやりとした男は観念して静かになった。
 現実に返ると、男と僕の席の間には静かな女が居たし、仮に男が隣席だったとしても、この場で乱暴なことができる訳が無いし、その力も勇気も僕は持ち合わせていない。笑えるぜ、全く。
 実は男の顔も連れの女の方も、暗がりの中で彼らが遅れてやって来た時以来、一度たりとも振り返っては見なかった。この先も僕は彼等の方を見るつもりは無い。あのさえずり男と一旦目が合えば、大事な明菜ちゃんの目の前で、睨み合ったり口論したりするかも知れない。そこまで行かなくても、重苦しい気配が色濃く漂えば、きっと二人のデートはこれ切りで終わるだろう。僕はそれを強く恐れていた。
 ヒカルに集中し直してみても、胸のざわめきはまだ納まらなかった。早くも二曲目で、低いパートの「♪this is love this is love♪」で、声が前に出て来ないと感じたからだ。
 三曲目の「travelling」では、リズム、メロディなど歌の持つ楽しさと、ヒカル自身のノリノリのステージメイクがベストマッチ。昨日に負けない盛り上がりだ。ヒカルは好不調の振幅を繰り返しているらしい。
「すごぉーい。ヒカルちゃん、超可愛い~」
 小さな声で明菜ちゃんは喜びを表現した。「travelling」は最高だ。
 間奏でステップしながら手拍子するヒカルに、すっかり魅了された明菜ちゃんが、双眼鏡を下ろし、さっきと似たフレーズを口にして僕を振り返った時、
「そうやろぉ」と思わず関西弁が飛び出した。
 明菜ちゃんは「え」と云う顔をした。意外な一面を見つけて余程嬉しかったのか、僕の左肩に触れそうな程顔を寄せてくすくすと笑った。気まずさと喜びで、恐らく僕は曖昧に笑っていた。明菜ちゃんは顔を覗き込むようにして、声に出さず笑い続けた。可愛いほっぺを両手で抑え付けて、じゃれ合いたい気分になったが、距離感はまだ掴めない。少し早過ぎるだろう。
 明菜ちゃんと勝手に恋人気分になった僕は、ステージのヒカルさえ元気ならこのまま舞い上がってしまいそうだ。
 問題のヒカルだが……
 第一部終了の四曲目「Movin'on without you」では、低いパートと高いパートのそれぞれで苦しさを感じた。
 第二部、問題の「SAKURAドロップス」……桜舞い散るスーパービジョンに、苦しそうとも、切なそうなとも受取れる表情がクローズアップされる。高いパートが掠れる。昨日よりもさらに掠れる。
「FINAL DISTANCE」出だしの低いパートから辛そうだが、その分感情表現が絶妙で、出にくい声すらもテクニックの一部かと思わせるほどだ。高いパートも引き続き苦しい。
「声の調子悪そうだね、ヒカルちゃん」
「うん」
 明菜ちゃんの呟きに、僕はそれしか返せなかった。
「First Love」懸命に発声をコントロールしている。
 今日は昨日と違ってMCも極端に短い。ヒカルが歌唱に集中していることが手に取るように分る。声で表現する感情の大きな起伏が、聴いている僕の内部へと直接入って来て、魂を根こそぎ揺さぶられるような感じさえする。
 右からは依然として無遠慮な声が響いていたが、僕の心を逆撫でにしたあのフレーズ以降、暫くの間意識しなくても、話の内容まで聞こえて来る様になった。その言葉はこうだ。
「声出てないんじゃん。高い所はチーン。完全に終ってるね」
(高い声は確かに出てないかも知れない。そんなことはもう、皆が分っていることさ。あんたの言う通りだ。それにしても終ってるって何だよ。ヒカルは精一杯歌っているだろ。感情がビンビン伝わって来るだろ? それともお前には何一つ伝わってないのか! そんな感性の欠片も無い奴に、がたがた言われたくないぜ!)
 鑑賞を邪魔された僕は心の内で罵った。それでも納まらず、深呼吸を繰り返しクールダウンに努めた。
 男の批判は尚も続いていた。それでも僕はその男を見なかった。いや、だからこそ見なかった。
(勿論ヒカル自身に責任はあるさ。それをカバーしようと熱唱しているんだ。つまらない批判はコンサートが終わってから俺の居ない所でやってくれ)
 男の声だけに耳を塞ぎたかった。
 七曲目が終わって衣装換えタイム。繋ぎの間、スーパービジョンには変化に富んだ風景が次々と流れて行く。
 花びらと風、川と水、流れる雲、激しい雷、山、木々、砂、雨、稲妻を連想させる閃光の連続など……なんて無意味な映像の羅列だろうか。荒くれた感情に支配された僕には、それを観るのが二度目だと云うのに、何一つとして意味を理解できなかった。
 後日キャベジンさんのブログで知ったのだが、大阪公演の時には映像と共にヒカルが詩を朗読したようだ。詩の内容についてはさらに後の記事で知ることになったが、その詩無くしてこの映像の意味を知ることは元々不可能だったのだ。
 理解できない映像は一層僕の不安を誘った。それは或る意味で当っていた。詩の朗読カットはヒカルの喉の状態が悪かったからに違いない。遅くとも昨日の第二部終了時点までに、異変が生じていたことになる。
 この繋ぎ映像の時間は、誰もが遠慮なく会話できる時間帯だった。右からは相変わらず得意気にしゃべる声。どういう訳か連れの女の声は、許された時間帯でさえも一言として聞こえて来ない。男は女と会話しているのではなく、声高にひとり言を続けているのだろうか。
 無意味な映像と無意味な喋りが結び付いて行く。僕はスーパービジョンの映像をぶち壊してやりたくなった。
「智也さん、どうかしちゃった」
 明菜ちゃんは何度か僕に話し掛けていたようだ。
「え」
「えって……もう良いよ」
「……ごめん」
「何だか怖い顔してるよ」
「そう」
「何かあったの」
「いや別に……それよりさっき俺に何か訊いてた」
「後で良いよ。もう始まるから」
「うん……」
 話し掛けていたのに無視されて、怒っているのかと思った明菜ちゃんの表情には、何かに怯えているような影が差していた。その理由を尋ねようとしたが、明菜ちゃんの言う通り、大拍手と大歓声が沸き起こっていた。
 シルバーのドレスに変えたヒカルの再登場だ。
 ここからの三曲は、HIKALUによる英語ナンバーで、二つ目の「クレムリンダスク」辺りは結構難曲だと思うが、いずれも無難に纏めていて声もそれなりに出ていた。
 全米市場を強く意識したアルバム曲は、残念なことに肝心なアメリカ人からも、日本のヒカルファンからさえも、強く支持されたとは言えないようで、この会場でも「エキソドス」のコーナーは、一部熱狂的ファンだけで盛り上がっていた。それ故にヒカルには楽な時間だった筈だ。
 第三部が終了し、問題の第四部が始まる……
 目にも鮮やかな真紅のドレスを身に纏ったヒカルが、ステージ中央やや前方寄りに設置されたスタンドマイク後方に立ち、その向って右後方には、巨大なチェロのネックを左手で支えながら、一人の女性が椅子に腰掛けている。僕はそれまで構えていた双眼鏡を、そっと膝の上に下ろした……
 チェロ奏者は、弓を持った右手を小さく振り上げて、そっと弦に当てる。弦と弓が美しく触れ合って、チェロのビッグボディ内部で磨き上げられた重低音が、スーパーアリーナの大空間をたっぷりと満たして行く。暖かく大いなる力を感じさせる音色。ヒカルの歌にこそ注目していた多くが、伴奏である筈のチェロに聴き入ってしまった。少なくとも僕はそう感じた。★★★




++++++++以下次回へと続く+++++++++




テーマ:恋愛小説 - ジャンル:小説・文学

オリジナル恋愛小説「君という光が」第8回ー長編全70~90回程度
[第8回…その前に第7回までのあらすじ]
 ヒカルのコンサートで起きた、その人との奇跡的な邂逅を僕は忘れない…

 その数日前までヒカルのコンサートへ二日続きで行くことになろうなんて、僕は想像すらしていなかったが切っ掛けはヒカルのファンサイトを運営しているブロガーの大阪公演レポートだった。ヤフオクで埼玉公演のペアチケットを入札し、バイト先の中島さんをコンサートへ誘ってみようとまで僕は決意した。
 どうにか金曜日の約束を取り付けて、保険の意味で二日分買った8/17木曜日の分は、一人で『さいたまスーパーアリーナ』まで出掛けることにしたが、家を出る直前父から書類を事務所まで届けてくれと電話があった。かつて僕が勤めていたあまり良い思い出が無い事務所だ。

 (回想)

 事務所の帰り際、古株古参の高橋女史から事務所の経営不安に関する話を聴いた。
 上野駅で乗り換えようとした高崎線の落雷事故といい、アナウンス誘導された乗車未経験の宇都宮線におけるグリーン車事件(それほどのものでもないか)といい、会場に着くまでに様々なことが起こり続け、運命を操る神に翻弄されているような気がした。
 さいたま初日のコンサートではスタートから全開のヒカルに喉の変調が起こり、4曲目から超低音域と超高音域の声が掠れ出した。声の不調を十分過ぎるほど補った感情伝達はさすがに素晴らしかったが、二日目のコンサートに望むヒカルのことが胸に突き刺さる棘となった。
 翌日の午前11時過ぎに中島さんと約束した二日目のチケットが無事配達された。所が二人が待ち合わせた午後17時3分の車両にまたもトラブル発生、人身事故で運休となる。昨日突然起きた僕の運命変化はまだ続いているようだ。
 ともあれ次の電車で二人は落ち合い、東京駅で乗り換えた京浜東北線の前半までは話も弾み順調だったが、ちょっとした切っ掛けでぎくしゃくしたり、彼女居ない歴が長い僕には女の子の気持ちを理解するのは株式投資よりも難しい。
 スポーツイベントではスィートシートに当る300レベルの観覧席は、明菜ちゃんを十分に満足させたようだが、少し遅れて来た隣のカップルの男が無遠慮に喋るので口を塞いでやりたくなった。
 今夜のヒカルは1曲目、3曲目は好調だったが、既に2曲目で声が前に出て来ない状況だ。第2部トータル5曲目の「SAKURAドロップス」では、明菜ちゃんまで心配する位調子が悪かったが、6曲目や7曲目「First Love」でも魂が根こそぎ揺さぶられるほど伝わるものがあった。それなのに二つ隣の男は僕の神経を逆撫でにするようなことを得意気に言った。
 7曲目が終わり3部との繋ぎで、激しい自然変化を表現した映像が延々と垂れ流され、僕にとって無意味な映像と男の無意味な喋りが結び付いて行き、内部でマグマが暴れだしそうだ。気が付くと明菜ちゃんが怯えている。
 第3部は全米進出時のアルバムからフィーチャーされた全編英語の3曲で、観客の反応も少なかったせいで無事通過した。
 そして愈々問題の第4部チェロとの共演が始まった……




++++++++++これより本編+++++++++++



[ チェロ奏者は、弓を持った右手を小さく振り上げて、そっと弦に当てる。弦と弓が美しく触れ合って、チェロのビッグボディ内部で磨き上げられた重低音が、スーパーアリーナの大空間をたっぷりと満たして行く。暖かく大いなる力を感じさせる音色。ヒカルの歌にこそ注目していた多くが、伴奏である筈のチェロに聴き入ってしまった。少なくとも僕はそう感じた。★★★ ]

 素晴らしいチェロ演奏こそが罠そのものだ。空間を満たし切った豊かな音色の前で、抑制を利かしつつ堂々と歌唱できる人が、果たして何人居るだろうか。
 この種の楽器に主旋律を奏でさせて、歌に合わせようとするならそれはオペラだろう。ヒカルのハスキーな声帯と、繊細な感情を表現する歌には、決して適さないと僕は思う。
 オペラ歌手とヒカルの歌唱力を単純に比べているのではない。楽器と歌唱法、楽器と歌、両方の相性を言っているのだ。
 ヒカル以上のリズム&ブルース・シンガーが、今の日本のどこを探せば見つかるだろう。ヒカルは元々声量で聴かせるシンガーではなく、繊細な感情を表現するアーティストだ。熱狂しやすいコンサートでは、ワンステージ二十曲近くプログラミングするだけで、ヒカルには十分危険な時限爆弾となりうる。それが僕の見解だ。
 前夜、苦しみぬきながらも熱唱したチェロパート三曲は、最新アルバム「ULTRA BLUE」にも収録された、近年のヒットナンバーだ。何も出来ないのは分っていたが、素晴らしくも恐るべきチェロの前奏の間、僕は心を無にして、ひたすら聴くことだけに集中しようとした。
 トータル十一曲目に当る「Be My Last」……
「♪母さんどうして あ~あ~ 育てたものまで あ~あ~♪」
 出だしの中音パート……抑制の利いた綺麗な声。集中、集中。
「……………♪何も繋げない手 君の手つないだ時だって…♪」
 音階がどんどん舞い上がって行く。どこまで行くんだ……胸が締め付けられる。
「♪Be my last… Be my last… Be my last… あ~あ~あ~ Be my last… どうか君が Be my last… あ~あ~あ~あ~♪」
 ! やっちまった、ついに。高く上がるべき所だった。そこで下げちゃったか……
 前夜も良くはなかったが、下げたりなどしなかった。聴こえない声は心に直接響いて来た。僕に権限があるなら、ヒカルを今すぐここで止めてやりたい。
 明菜ちゃんが振り返った気がした。僕は構わずにヒカルを見詰め続けた。
「ヒッキ~」
 曲が終わると幾つか悲痛な声が空間に響いた。一つの掛け声と次の掛け声までの微妙な「間」が、聴衆の感情の揺らぎを強く感じさせた。ヒカルを止めたかったのは恐らく僕だけじゃない。
 間も無く次の曲のチェロ演奏が始まり、場内はひっそりと静まった。
「誰かの願いが叶うころ」
 僕は遠くのチェリストに対し、できるだけ控え目に演奏するよう願ってみた。ヒカルが熱唱し過ぎなくても良いように。
 僕の願いは叶わない……
「…………♪あなたの幸せ願うほど わがままが増えてくよ♪」
 ダメだ……何て高い音階を使うんだ!
 この歌が終わった時も、哀愁を帯びた叫び声が会場のあちらこちらから、憎いほどに絶妙な間を置いて投げ掛けられた。ヒカルの喉が今にも潰れそうなんだもの、叫びたくもなるし叫ばなくてはいられないさ。声にこそ出さなかったが僕も心の内で叫んでいた。
 右の方から、またしてもヒカルを批判する男の声が聞こえて来る。好い加減にしてくれ!
 チェロパートのラストは「COLORS」だ。
「…………♪青い空が見えぬなら青い傘広げて♪」
 キーが高過ぎる!
 天にまします神様は、ヒカルを聴く為にここに集まった中の誰かの願いなど、叶える気配すら一向に見せなかった。なんとチェロパート三曲全滅! 高過ぎたパートは殆ど下げちまった。これが仮に新しいアレンジだと云うなら、メロディ的には今一としても受け入れるしかないが、これはアレンジなんかじゃなかった……
 十三曲目の「COLORS」が終わると、ヒカルがチェロ奏者の名前を客席に紹介して、名演奏を終えたチェリストは惜しみない大拍手を贈られながら、心地好い疲労感と充足感の中で、ステージを静かに退場する筈だった……ところが!
「時間を二分だけ私に下さい!」
 「COLORS」を歌い終えたヒカルは、昨日は言わなかったことを、ここで宣言した!
 ヒカルはそのままステージ奥へと小走りに消えて行く。
 バンドメンとチェリストは、ヒカルの背を見送った後もその場に立ち尽くしていた。
 会場は一時ざわめいたが、一人一人が自制した結果なのか、それ以上ざわめきは広がらなかった。誰もが固唾を呑んで事態を見極めようとしているようで、緊張感すら漂っていた。自分の気持ちが反射して、そう感じただけかも知れないが。
「ヒカルちゃん、どうしちゃったのかな」
「……分らない。どうしたんだろう……」
 明菜ちゃんはステージを見詰めながらそう呟き、僕はその横顔を見やってからぼんやりした感じで答え、次の様に付け加えた。
「たぶん喉の調整しているんじゃないかと思うけど」
「きっとそうだよね」
 明菜ちゃんは、不安混じりの曖昧な微笑を見せた。
 長く感じる。せいぜい二分か三分位なんだろうが。
 騒がしくなると予想した客席はまだ落ち着いている。不安を押し殺しながらも、元気なヒカルがステージに戻って来ることを、じっと胸で願う気持ちは、ここに居る誰もが同じなのだろう。同期する心情が仲間意識を醸成するのか、ここに一緒に居ることが何となしに嬉しかった。
「トイレじゃねえの。きっとうんこだ、絶対間違いないぜ」
 バカな奴が一人だけここに混じっていた。赦せない言動に対し爆発しそうだ。震える右の握りこぶしに左手を被せて、大きく息を吸ってゆっくり吐いた。
 首を下げてもう一つ深呼吸すると、強い憤りを押さえ込む事ができた。明菜ちゃんが小声で叫んだ。
「あ、出て来た!」
 顔を起すと同時に、会場から大拍手と「ヒッキー!」の呼び声が一斉に湧いた。オープニングの時に負けない位それは大きくて、目頭が熱くなった。
 マイクの前に立ったヒカルの顔は予想外に明るい。深刻な事態では無かったのか。
 ヒカルは会場のあちらこちらに視線を送って、歓声が静まるのを待った。客席は次第に話を聞こうと云う感じで落ち着いて来る。ヒカルは深呼吸した。僕がやったのと同じ方法だが、ヒカルに対しても沈静効果があるようだ。
「みんな~ 心配掛けちゃってごめんね!」
 ヒカルはそこで一旦切って、周囲をぐるりと見渡して行く。
「すっげぇ心配しちゃったよ~!」
 野太い声が一つ聞こえて会場がどっと沸く。僕の緊張も幾らか解けた。ヒカルは声の方向を見てふっと笑った。
「今日は、声がよく出なくて、ホントにごめん!」
 ヒカルは目を伏せた。頑張りやのヒカルにとって、口にするのがとても口惜しい言葉。知ってか知らずか会場がしんとなる。
 ヒカルは顔を上げて満面の笑顔を見せた。
「でも、もう大丈夫だよ! ここから最後まで飛ばして行くから、よろしく!」
 割れんばかりの拍手喝采。僕も痛くなる位手を叩いた。
 ヒカルはチェロ奏者に対し深々と頭を下げてから、観客へ向き直り左手を彼女へと返した。
「素晴らしい演奏をしてくれたチェロの今泉さんで~す!」
 待たされ過ぎたチェリストは、観客に一礼して退場したが、贈られた拍手は昨日の半分もあっただろうか。
(アクシデントなんだから勘弁してください)
 僕はヒカルの代わりに心の内で謝った。彼女の演奏には文句のつけようが無かった。
 キーボードを担当するバンドマスターの合図で「Can You Keep A Secret?」の演奏が始まると、目をかっと見開いたヒカルは歌い始めた。冒頭からボーカルで始まる隙の無い名曲だ。
「♪近付きたいよ~ 君の理想に~ 大人しくなれない、Can You Keep A Secret?♪」
 発声に問題点は無い。素晴らしい入りだ。僕も安心したが、会場全体の安堵感を肌で感じた。
 続く四つのフレーズは繰り返しで、何度か挿入されて来るパターン。馴染みやすさから多くの人がハモるように口ずさんでいる。
 観客の反応に気を良くしたのか、あるいは窮地を脱してほっとしたのか、右奥でステージ全体をコントロールするバンマスのマットや、レゲェヘアがとてもよく似合う陽気な黒人ベースギターのフォレストが、ヒカルと一緒にもっと歌えと、人差し指やスティックを回して観客にアピールして見せる。
「Hit it off like this. Hit it off like this, oh baby」
 そのバックコーラスのフレーズを、ステージ上のヒカルが歌うことは無いが、コーラスの声はヒカル自身によるものだ。二回目の時は一緒に口ずさんでみた。間近でも歌声が聴こえた。左を振り返ると明菜ちゃんは照れたような顔を見せた。

 後になって考えてみると、それから暫くの間、明菜ちゃんの顔をずっと見ていなかったような気がする……

 ヒカルの歌がとても良かったので、詩の中へすっと入って行けた。なんて素敵な詩なんだろう。まだ幼稚な小説しか書けない僕は、ヒカルの詩の才能を羨んでいた。いやらしい羨望や嫉妬なんかではなく、言ってみれば尊敬に近いもので、夏目漱石や京極夏彦を読んだ時に感じたものとよく似ていた。
 歌も良かったが表情は一層切なそうに見えた。距離が遠過ぎて幾ら明るいレンズを装備する高性能な双眼鏡と云えども、ここからでは画像がぶれる。それでもそう見えた……
 復活後の二曲目「Addicted To You」はさらに良い。完全復活だ、間違いない。これも切なくて心に深く染み入る詩だ。詩の内容とは真逆に、僕は嬉しくてしょうがなかった。嬉しくて切なくて、切なくて嬉しくて……
(こんなにもヒカルのことが好きだったっけ、俺)
 ヒカルに集中し過ぎているせいか、右からの声も左からの声も殆ど聞こえなかった。右の男と揉める心配は減ったが、明菜ちゃんの声にも気付かないとしたらそれは困る。
 復活後の三曲目は「Wait & See」
なんて懐かしい歌が続くのだろう。酔い痴れていた。三つともセカンドアルバム「Distance」へ収録されたヒットナンバーなんだから、懐かしくて当たり前さ。チェロパートの悲劇と二分間の中断で、ハラハラドキドキさせられた後が、この出来でこの三曲だなんて、誰が考えた展開か、まるで奇跡みたいな構成だ。純情だったあの頃へ帰って行くような気がした。
(今でも結構純だけどな)
 嬉しくて、ハイになって、一人バカみたいに声を殺して笑っていた。

 昨日はこの歌の後で長いMCが入ったんだっけ……
「ツアー最大の一万八千人だよ、こうして見ると壮観だねぇ!」
 額に右手でサンバイザーにしたヒカルは、客席をぐるりと見渡してから額の汗を拭ったっけ。
「みんなのパワーがエクトプラズムの様に、こんな風に立ち昇って見える気がする」
 右手を顔の前でひらひらさせたヒカルは、声が心地好く掠れかかって妙にセクシーだった。
「今朝のファンメールで『今日が誕生日の私の友達に一言お祝いをお願いします』っていうのがあったけど、これだけ多くの人が集まっていたら、外にも今日が誕生日の人はたくさん居そうだよね。私自身は前まで、生れた日を祝うことに対して、そんなに意味を感じていなかったけれど、最近になって今日まで無事生きて来れたことを祝うという意味では、誕生日は大事なんだなあって思い始めたの。ねぇ、みんな今日まで生きて来て良かったなぁ。じゃあその意味で、今日誕生日の人を代表して○○さんおめでとう!」
 身振り手振りの一つ一つが活き活きして素敵だった。ヒカルも僕たちと同じレベルで生きているような気がして嬉しかった。、
 歌だけでなく、MCでのヒカル節も最高だった。

 一杯一杯のヒカルが、ここのMCを簡単な一言二言で済ませてしまったことを、僕は物足りないなどと決して思わなかった。寧ろヒカルの歌に対する尋常ならぬ集中力さえ感じた。この状況でヒカルに必要なのは、観客を和ませるMCなんかじゃなくて、傷付いた自信とプライドを歌うことで取り返すことだ。この場に参加した大多数のファンも、一つ前の戦闘で傷付いて一時後退したヒカルが、これから奇跡の大逆襲を見せるかも知れないと、信じて期待していたのだし、期待は今満たされつつあった。
 短いMCに続いて中期の作品「Letters」……詩の内容からすれば、決して明るくはなく鬱々としているのだが、良い感じのノリで、手拍子など客の反応は凄かった。知らず知らずヒカルと一緒に口ずさんでいた。★★★




++++++++以下次回へと続く+++++++++




テーマ:恋愛小説 - ジャンル:小説・文学

オリジナル恋愛小説「君という光が」第9回ー長編全70~90回程度
[第9回…その前に第8回までのあらすじ]
 ヒカルファンサイトのブロガーの大阪公演レポートに感激した僕は、ヤフオクで埼玉公演のペアチケットを入札し、バイト先の中島さんをコンサートへ誘ってみようと決意した。
 金曜日の約束を取り付けて、保険の意味で二日分買った8/17木曜日の分は、一人で『さいたまスーパーアリーナ』まで出掛けることにした。
 その日の午後は会場に着くまでアクシデントの連続で、運命変化の始まりを予感した。
 さいたま初日のコンサートではヒカルの喉に変調があったが、感情伝達は素晴らしかった。二日目のヒカルのことが胸に突き刺さる棘となった。
 翌日中島明菜ちゃんと待ち合わせた、午後17時3分の電車は人身事故の影響で運休となる。昨日起きた僕の運命変化はまだ続いているようだ。どうにか次の電車で会った二人の会話は、弾んだりぎくしゃくしたりしながら幾らか進展した。
 300レベルの観覧席は明菜ちゃんを十分に満足させたようだが、遅れて来た隣のカップルの男が無遠慮に喋るので口を塞いでやりたくなった。
 ヒカルはチェロとの共演コーナーで、到頭上がるべき音を下げるという大不調を晒し、2分間の中断事件が発生した! ステージに戻ったヒカルは懐かしいヒットナンバー3曲を見事に歌い上げた。このまま最後まで行って欲しいと願うばかりだ……



++++++++++これより本編+++++++++++



[ 短いMCに続いて中期の作品「Letters」……詩の内容からすれば、決して明るくはなく鬱々としているのだが、良い感じのノリで、手拍子など客の反応は凄かった。知らず知らずヒカルと一緒に口ずさんでいた。★★★ ]

 仮締めのラストナンバーは、リズミカルで超庶民的な最新ヒットナンバー「Keep Tryin'」これで乗れなきゃおかしいって! 「帝国の逆襲」も「ジェダイの復讐」も真っ青。これぞ「ヒカルの大逆襲!」
「♪挑戦者のみもらえるご褒美欲しいの♪」
「♪ちょっと遅刻した朝もここから頑張ろうよ♪ ♪何度でも期待するのバカみたいなんかじゃない だからKeep Tryin'♪」
「♪クールなポーズ決めながら実を言うと戦ってた♪」
 これらのフレーズ一つ一つが今のヒカルだった。詩はヒカル自身と等身大に重なりつつ、パワーを増幅反射して、遠赤外線が肉体のの芯から温めるように、遥か深く僕の心の芯を熱くした。
 それでも、続くフレーズの
「♪大切な命 とっても気にしぃなあなたは少し休みなさい♪」は、十数分前までの、僕のヒカルに対する気持ちそのままだったが、その中の「気にしぃなあなた」は、僕になら当て嵌まったとしても、負けず嫌いのヒカルに当て嵌まる筈が無かった。結果から見ればそれで良かったのだろう。ヒカルの喉がここまでは無事で、復活と逆襲を見事になし遂げたのだから。
 「お値段を付けられない」全ての人に宛てられた「情熱」のメッセージを、全身全霊で受け止めながら、大観衆はヒカルに乗せられ酔い痴れた。
 歌い終えたヒカルに対し、天井から十筋ものスポットライトが、イエスの復活を祝福する後光の如く降り注ぐ。
 ヒカルはマイクに両手を添え、観客に対し深々とお辞儀をして、ステージ中央奥へと去って行った。
 会場全体の光が落ちて真っ暗になった。
 一旦は静まった会場の一部から、小さな拍手が起きた。それは波紋の様に静かに広がり始め、次第にリズムを伴った波となって全体に行き渡った。
 みんなの不安や心配は、ヒカル自身の復活のベストパフォーマンスによって吹き払われていた。僕もアンコールを要求する拍手に加わった。
 一旦は存在を疑ったが、神は信じる者の前に光臨したのかも知れない。都合の良い時だけ祈る者達に対して、なんと寛容な御意思だろうか。
 自己の思いに浸り切っていた僕は、自由なお喋りが許される、ヒカル再登場までの数分間も、左側に払うべき注意を忘れていた。僕は未熟な男だ。
「あ! 出て来た!」
 先ほどと同じ言葉が聞こえた時も、明菜ちゃんを振り向かず正面に顔を起した。
 ステージ中央奥からバンドメンが出て来た。足取りは皆軽やかだ。最後にヒカルが顔を見せた。
 纏っただけに見えるピンク色のトップス。黒いリボンが僅かにあしらわれている。ボトムスは、ブルーの袴風スカートでブーツはそれまでと同じ。
 衣装だけじゃなく、表情もすっきりと明るい笑顔になっていた。やり遂げた満足感で輝いている。復活の祝福を受けた神々しさを、ヒカルに感じたのは僕だけだろうか。
「みんな呼んでくれてありがとう~! やっぱりこの歌を歌わなきゃステージを降りられないよね。デビューソングで、いつまでも私にとって大切な曲『オートマチック』聴いて下さい」
 前奏が流れ始めた途端、じんと痺れて熱くなった。この歌には不思議な力があるらしい。
「♪七回目のベルで受話器を取った君~ 名前を言わなくても声ですぐ分ってくれる♪」
 当時、僕は近所の書店で立ち読みしていた。流れて来たメロディに耳を傾けた。斬新で親近感のあるフレーズに聞き入った。初めて聴いた時から良い歌だった。それが八年近く経った今でも変わらずに最高なのだ。懐かしいメロディを聖水の様に注ぎ続けられ、様々な不純物を洗い流されて次第に無垢になって行く。
 今でも特別なオートマチックを歌い終え、大声援を贈られたヒカルは、明るくなったステージ上で、短いMCを挟んでからバンド紹介を始めた。
 最後にギターの今さんを紹介した時、既にお馴染みの仕草なのか、影絵のキツネの指先ポーズで「コン、コン」と言いながら、二人で指先チュッチュをして会場を癒してくれた。
 歌っている時は肉眼で見ていたが、リラックスしたヒカルの表情は双眼鏡でしっかりと捉えた。
「素晴らしいお客様が、ここ埼玉に集まって一つになって、とても素敵なコンサートになったこと。考えてみれば奇跡的なことだと思うけれど……奇跡は永遠には続きません! 次が正真正銘のラストナンバー『光』です」
 会場全体からお約束通り「え~!」と云うブーイングが発せられる。みんながみんな満足感に浸っているようだ。確認するように全体を見渡したヒカルは言葉を継いだ。
「『光』は自分の名前をタイトルにした最も好きな歌です」
 ステージは歌のタイトル通り光に満ち溢れ、ボーカルと演奏が同時に始まった。僕は双眼鏡を膝の上にそっと置いた。
「♪どんな時だって たった一人で 運命忘れて 生きてきたのに 突然の光の中、目が覚める 真夜中に♪」
 ラストフレーズの「真夜中に」で、切ない声の響きを断ち切って、全ての音が止まる。
 短い『間』によって行き先を持たぬ奔流が、堰き止められてできた感情の池は、次のフレーズと共に川幅を拡げ、方向を定めてゆったりと流れ出して行く。
 なんて良く出来た旋律構成なんだろう。音と言葉の流れに乗っかって、僕の感情も次第に高まって行く。
「♪きっとうまくいくよ♪」
 このフレーズでまたじんと来る。体内にも体外にも温かいものを感じていた。正体は分らないが、何か伝わって来るのが分る。不思議な気分だ。
「♪どんな時だって側にいるから 君という光が私を見つける♪」
 その時体外に感じた温熱の正体に気が付いた。熱源の軽い重みすら感じる。
 右を振り向くと、僕の手の上に、ほっそりとした手が重ねられている。若い女性の手だ。水滴が落ちた。うかつにも僕は瞼に貯めていた涙を零したようだ。
 濡らしてしまった手を見詰め、僕は恐る恐る視線を上げた。その人は涙で濡れた辺りを見詰めていた。僕は固まった。
 その人は顔を上げた。薄暗がりの中で、二組の目の焦点が交差して行く。
 光に満ちた目……ステージの光の反射のせいか。
 大きな目は瞬きを数回繰り返した。僕の右手から重みが消えて、その人は不意に立ち上がった。右手には温かみが残った。
 どうして僕なんかの手に触れたのか……
 見られたい、光に満ちた目で……
 その人の立ち姿に見蕩れていた。ほっそりとした体形、色が多過ぎる個性的な服。声を思い出そうとしたがダメだった。連れの男の声は嫌と云う程聞こえたのに、その人の声は一度も聴いた事が無かった。
 ステージに目を戻すと、手を大きく振って歌うヒカルが見えた。熱唱と万雷の手拍子が耳に響く。異世界にワープしていた聴覚が今戻って来たようだ。
 ステージも客席もフィナーレで燃えている。全体が一つになるべき最高の時間帯だ。僕は膝にあった双眼鏡をテーブルに置き、そっと立ち上がった。
 僕の左側で明菜ちゃんは、首をリズミカルに揺らしながら手拍子を打っていた。
 その人は僕の右隣でヒカルを真っ直ぐに見詰めている。右手に熱い感触を感じた。反射的に手を引っ込め掛けた僕は、強く意識して止めた。熱いと感じたのは錯覚だったか、今右手にあるのは、冷たくて柔らかい感触だ。
 右を向くと、その人も顔をこちらに向けた。
 微笑んでいた。大人っぽさと幼さがミックスした、小さ目の顔に強く惹かれたが、目の光度は落ちていた。
 手に取られた僕の右手が、肩まで引き上げられてから離された。その人は横顔に戻り「光」に合わせて手拍子を打ち始めた。僕にもそうしろと言うことだろう。
 僕は素早くリズムを図って、遅ればせながら全員参加の手拍子に加わった。遠くのヒカルを見詰めながら、一緒に「光」を口ずさむと全体の一部になった気がした。
 時折僕は右を気にしたが、その人は二度と僕を振り返らなかったし、連れの男の妙な視線と、左からも視線を感じたので、ヒカルだけに集中することにした。
 ヒカルと一体になるべき大事な時間帯に、僕は何をやっているんだ!
 漸くヒカルに集中できた。アリーナに満たされた熱気に浴されて、ヒカルと一体になって、自分が消えて行くようだ……既に「光」の終わり近くになっていた。
 フィナーレまでヒカルが歌い切って、肉眼で見える筈の無い満面の笑みを見つけた時、僕はまた不覚にも泣いていた。
 バンドメンが全てステージを去った後、ヒカルは最後に一礼すると、颯爽として奥へ消えた。

 ヒカルが去った後も、暫く瞼を潤していた僕は、明菜ちゃんに促されて帰り支度を始めた。
 右隣のカップルは疾うに帰ったようだ。
 左側のカップル達も帰り支度を終えていて、僕達が席を立つのを待っている。
 気まずい雰囲気の中で僕は席を立ち、明菜ちゃんと肩を並べて通路を歩いて行く。
 雨の降らない300レベルからの帰り道は、昨日と較べてかなり楽だったし、ヒカルの心配をする必要が無い分、気も楽な筈だったのに、僕達は僅かな会話さえままならず、ただ歩いていた。
 それもその筈だ。明菜ちゃんをラスト三十分間ずっとほって置いたのだから。僕から謝罪しなければ、二人の会話など始まる訳が無かった。明菜ちゃんはそれを待っているのかも知れない。
 そんなことすら思い付かなかった僕は、どうしようもなく未熟な男だ。その上、この状況に至っても僕はあの人のことを考えている。ずっと交際したかった相手は、直ぐ隣に居る明菜ちゃんではなかったのか!
 自分自身に腹が立ってたまらなかった。デートに誘った明菜ちゃんが隣に居るのに、ヒカルに没頭して一人ぼっちにしておいたばかりか、最後には見知らぬ女に心を奪われているんだから救いようが無い。こんな奴に、彼女居ない歴を断ち切る資格なんて無いのだろう。
 奇跡的なヒカルの大逆襲を目にしたというのに、その喜びどころか、今や迷える子羊、路頭に迷うホームレス、行き先も帰る家も見失った伝書鳩の如きで、自分自身が情けなくて、明菜ちゃんに掛けるべき言葉の一つさえも全く思い付かなかった。
 何のプランも無く駅のホームに辿り着いた僕たちは、間も無くやって来た東京方面行きの電車に乗り込んだ。
 コンサート終了後、直行して来た割には、さほど混雑してない車内で、出入り口とは反対側のドアへもたれ掛かると、明菜ちゃんと目を合わす形になった。何か言わなければならない……
「明菜ちゃん、ごめん」
 明菜ちゃんは僕の目を見たが、何も言わなかった。
 僕は別の言葉を思い付かず、もう一度同じセリフを繰り返した。長い間が開いたが、今度は彼女も口を開いた。
「ヒカルちゃん達がステージ奥へ消えた後も、智也さん暫く顔を上げなかったね」
 僕はただ頷いた。
「泣いてたの」
 再び小さく頷いた。
「あの人の連れの男、ずっと智也さんを睨みつけてたんだよ。私怖かった」
 コンサートの終盤、ずっとほっておいたことで、怒っているものとばかり思っていた僕は、明菜ちゃんが何を言ってるのか暫く意味が分らなかった。
 漸く「あの人」の意味する所を知り、その連れの男がとった態度に思い当たった。
 ぼんやりと見ていると、明菜ちゃんは、僕が男のことを訊きたいと思ったようだ。一方で僕は顔を赤らめてないかと心配だった。
「あの女の人は先に行っちゃったから、男はあの人の行方を気にしながら、バカヤローとか言ってすぐ追い掛けて行った。私ほっとしたんだよ。でも凄い顔付きだった」
 明菜ちゃんは白っぽい顔をしている。思い出してまた怖くなったみたいだ。★★★




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